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第25話:過ごすよ②

前回のあらすじ!

サッカーは周りに気をつけてやろう。通りかかる側も。

「何だったんだ、今の爆風は?」


 リコちゃん、コウくんの子どもたちが去った数秒後――。エっちゃんに起こされたユイねぇさんが、頭を抱えながらそう訊いてきた。


 ユイねぇさんは、自分の身に何が起こったのか理解が追いついていない。


 それもその筈で、生真面目な彼女は道中大欠伸するほどの睡魔に襲われていて、尚且つ死角からボールが飛んできたからだ。快眠できてない状態で普段のパフォーマンスをしろというのは無茶な話だ。


 ぶちまけた背荷物を回収するユイねぇさんに、エっちゃんが説明する。


「コウくんの蹴ったボールが荒ぶったのー。それを藁や……ユイねぇさんの手前に落ちて、インパクト、起こしたのー」


 エっちゃんは『どこからともなく現れる藁山』の存在をそれとなく伏せた。藁山が恩義を着せるタイプでないことを皆が周知しているだからだ。実際何も言わずに帰ったし。


「あー、あの子か。あの子なら仕方ないな。ぼーっとしてた私が悪いわ」


 いいんだ。ユイねぇさんの不注意だったってことで、納得するんだ。


 僕のツッコミに、ユイねぇさんは「そりゃそうだろう」と続ける。


「あの子は自身の力を御しているし、解放するにしても迷惑にならないように使うからな。エイリが言った限りだと、大方ボールを蹴った先に私がふらっと出てきたんだろう。なら私のやったことは堂々と走っている馬の前に飛び出したようなものだ。それでコウに責任を求めるのはあんまりだろう?」


 ブランコを漕いでいるところに前を通りかかられたって止まれるわけがない――。ユイねぇさんが言っているのは、そういうことだろう。


「ちょっとズレてると思うよー」


 心、読まないでー。


 エっちゃんといつものやり取りをしていると、「にしても……」とユイねぇさんは泥に塗れた己の靴を見つめる。


「今更ながらすごい汚れだな。これはもう小川で洗い落としてしまうか。日も出てるし、帰るまでには粗方乾くだろう」


 空を見上げてみると、何処までも澄んだ晴天が広がっている。昼寝でもしたくなるポカポカ陽気が気持ちいい。


「そういやユイねぇ。コウくん、さっき、リコちゃんたちと『なんかちょうどいい小川』に、行ってたっけよー」


「そりゃあいい。靴を洗うがてら、飛び出したこと、謝っておこう」


「わたしも行くー。たっくんも、行こー」


 行くー。



 ◇ ◇ ◇



『なんかちょうどいい小川』は村の外れにあった。エっちゃんによると、この小川は村外の大川と繋がっていて、大雨等で氾濫することはあれどそれ以外の、例えば小さい子どもが遊びに来た時には必ず足首までの深さになっていて且つ流れも非常に緩くなっているという、何かとちょうどいい小川なのだそうだ。


 その道中で、僕らはぼんやり歩いているリンねぇさんを見つけた。


「あー。リンねぇだー」

 えっちゃんが指差して、小柄ながらも発育の良いらしいリンねぇさんの名を呼ぶ。


 僕は彼女の指を掴んだ。


 人に指を刺してはいけないよ。


「ごめんねー」


 いいよー。


 僕らのやり取りをガン無視して、ユイねぇさんはリンねぇさんに声をかける。


「おう、リン。普段鍛冶場にこもりっぱなしなのに奇遇だな。何してたんだ?」


「ん……」

 と、リンねぇさんは、首を縦に振って返す。


「グランじゃないから分からん。まぁいいか。私ら小川に行くんだが、当てがないならどうだ?」


「ん」

 リンねぇさんは快諾し、ユイねぇさんの隣を歩き出す。


 しばらく歩くとやがて小川に着き、そこでリコちゃんとコウくんは、他の子どもたちと水遊びをしていた。


「あー。ユイさんと、リンおねぇちゃんと、エイリおねぇちゃんと、たっくんさんだー」

 リコちゃんが僕らに気づいて、寄ってくる。


「おー……」

 コウくんもリコちゃんに釣られて寄ってくる。リコちゃんに惚の字疑惑が浮上している彼は、今のように彼女が動くと、少しでも長く共に居ようと大体後に続くのだ。


 ユイねぇさんはリコちゃんに軽く手を挙げて、コウくんに向き直る。


「おーう。コウ、さっきはこっちの不注意で飛び出して悪かったな。肝冷やしたろ」


「……おー」


「なんて?」


 コウくんなりに、謝ってるんだと思うよー。


「なんで分かんだよ」


 ニュアンス?


「分かるー」


「分かってたまるか」


「あのね、ユイさん」とリコちゃんが翻訳する。

「小川に来てから、ボールをぶつけそうになったこと、あの場で謝るべきだったって、今コウくん、言ってたよー」


「だから、なんで分かんだよ」


「ニュアンス?」


「もうええわ」


「それとねー」


「どれとねー?」


「グランさんも、来てるよー」


 リコちゃんが「ほら」と示した先を見ると、小川の桟橋に座るグラさんの背中があった。


 グラさんは、心を無にした状態で黄昏ていた。


「わたしたちが来る前からいてねー。お魚さんが早く終わって、おかあさんのお手伝いも村のお手伝いもないから、ここで時間つぶし、してるんだってー」


 そっかぁ。


「おし、お前ら。グランを弄り回してやろう。あいつは手持ち無沙汰になるとさ、いつもあんな感じで哀愁漂わせてるんだ――って、聞けよお前ら」


 僕らは「漂わ」の辺りに捨て耳を立てながら、既にグラさんの後ろまで来ていた。


 エっちゃんが話しかける。一番フットワークが軽い彼女は、大体を率先して切り出してくれている。


「グラにぃ、オッスー。オスオスオッスー」

「……おお。エイリか。今日も元気だなぁお前は」


 グラさんは、いつものグラさんからは想像つかない速度とテンションで振り返り、言葉を返した。事情を知らなきゃ何があったと問いたいレベル。


「にしても、グラにぃ、脱力してるねー。何かやるせないことでも、あったのー」


「おぅ」とグラさんは返し、説明を始める。

「今日は水龍日だから漁が休みでよぉ。だったら漁網の修繕するかなーって広げてみればそれも直ぐに終わっちまったしよぉ。それならおふくろの家事手伝いでもと思えば今日に限って大した量無かったし、村仕事も事足りてるってもんだから、なんにもすることなくなっちまって、とりあえず此処に来たんだぁ」


 少し考えて合点がいく。

 ああ、なるほど。グラさんは何かしら予定を組んでないと暇を持て余してしまう類の、俗に言うワーカーホリックだ。言うなれば今の彼は、さながら退職したけど趣味が無くて毎日途方に暮れているおじいさんだ。


「誰がジジイだよぉ」

 グラさんはそう言い捨てるなり、また小川へと向き直った。


 僕は悲しくなった。今のグラさんには覇気が無さ過ぎる。普段のマッチョッチョ譲りのハッキリした口調が酷く弱々しい。悲しみのあまり、心を読まれたことへの物言いをする気にもなれない。


 どうすれば元の調子を取り戻してくれるだろう。


 頭を悩ませていると、ある人物が、僕らの前に躍り出て、グラさんの真後ろに立った。


 グラさんの幼馴染み――リンねぇさんだった。


「……ん」

 リンねぇさんは何を思ったのか、桟橋に腰掛けていたグラさんを『なんかちょうどいい小川』に突き落とした。


「……何すんだゴラァーー‼ 誰じゃあああ‼」

 びしょ濡れとなったグラさんがブチギレて振り返る。リコちゃんたち年少者が「わーい」と散り、そのまま居なくなる。


「ん」

「おまえかーー‼」


 リンねぇさんはあっさり自白すると、何を思ったのか、グラさんめがけてダイブした。


 とっぱーん……と、小さな水飛沫が上がる。


 グラさんはリンねぇさんをナイスキャッチしながら仰向けに沈んでいた。鼻に水が入らないよう「ガボガボ……」必死に鳴らしている。


「……ぷはぁっ! 大丈夫かリン! いきなり飛び込んできやがって! 怪我したらどうすんだ⁉ あーあー、お前までびしょ濡れじゃねぇか……! ほら、これでも着とけ! 冷えねぇうちに帰るぞ!」

「……ん」


 リンねぇさんは上着を受け取ると、何を思ったのか分かりやすく、グラさんにのすっと抱きついた。


「抱きついてくんじゃねぇえええ! ぐぉおおお背筋が試されるーー‼」


 そんな二人のやり取りを、僕らは、ユイねぇさんが所持していた携帯食の余りを頬張りながら眺めましたとさ。

 戻ったようで、良かった。良かった。

小川「この瞬間がたまらねぇんだ」

ユイ「今喋ったの誰だ?」

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