第24話:過ごすよ①
前回のあらすじ!
寝ている間、異世界行けるようになった。
朝――。障子越しの日光に、僕は目を覚ました。
目覚まし時計を見ると、アラームが鳴る30分前。随分と早く起きてしまったものだ。
一般的には「まだ寝れるぜ、やっふい」と惰眠を謳歌するところだろう。しかし、瞼は重たくないし、頭は起床する気満々だ。
……ええいっ――。
僕は身体を起こし、布団を脇に追いやった。
勢いのままに廊下に出て、のんびり窓戸からの朝日を浴びながら、トイレの戸を開ける。
じいちゃんがいた。
「おお、竹太郎。おはよう。すまんが早う閉めとくれ。鍵をかけ忘れ――」
僕は言われるよりも速く、トイレの戸を閉めた。
便座に落ち着いていたのは、祖父の竹雄じいちゃん。真面目な人ながらユーモアもある、僕の自慢のじいちゃんだが、トイレの鍵をかけ忘れるなんてポカをやらかしたことなんて一度たりとてなかった。
でも、そんなドジをかましてしまう原因を僕はわかっていた。僕が事故って、昨日までの一週間、目を覚まさなかったからだ。じいちゃんからすれば唯一の孫たる僕に先逝かれかけていたのだから、その反動で緊張の糸が使い古した輪ゴムになってしまうのも無理のない話だ。
「あら。おはよう、竹太郎。今日も早いわね」
振り返ると祖母の登紀子ばあちゃんが立っていた。作ってくれる料理はとても美味しくて、家事に至っては神の領域に達している、いつも優しい自慢のばあちゃんだ。
そんなばあちゃんも、僕が昏睡状態の間は気が気でなかったそうで、表情にこそ出していないが相当やつれていた。なんなら昨日の帰宅から間もなく訪ねてきた『プライバシー全斬りおばさん』曰く、僕が眠っている一週間、毎日お百度参りしていたという。
「あら……もしかして今、竹雄さんが入っているのかい?」
ばあちゃんが訊いてくる。僕が知る限り、二人はお互いを『おじいさん・おばあさん』と呼んだことは一度もなくて、名前呼びを一貫している。それも夫婦になる前からだと、プライバシー全斬りおばさんが教えてくれた。二人の関係はなんか素敵だなと思う。
「竹雄さん。今、入ったばかりですか?」
ばあちゃんの質問に、じいちゃんが返答する前に、僕は茶々を入れてみた。
いいや、ばあちゃん。もしかしたら、座敷わらしかもしれないよ?
「それは縁起がいいわね。でも、うちは別に商店じゃないしねぇ」
もしくは、見上げ入道かもしれないよ?
「トイレが壊れかねないねぇ」
じゃあ、べとべとさんにしておこう。
「掃除が大変そうな名前ねぇ」
それなら、あか嘗めに手伝ってもらおうよ。
「お腹壊したりしないかしら?」
だったら、一反木綿で拭いてしまおう。
「妖怪権の蹂躙だねぇ」
それからしばらくの間、一反木綿は洗濯機から出てきませんでしたとさ。
「洗剤は使えるかしらねぇ?」
「落ち着けねぇよぉ~~……」
嘆くじいちゃんを余所に、僕とばあちゃんの大喜利は、もうしばらく続いた。
◇ ◇ ◇
夜――。僕は布団に潜り、しばらくダバついた後に、意識を手放した。
◇ ◇ ◇
ふと目を覚ますと、僕はエっちゃん家であてがわれた空き部屋に居た。
ええいっ――と何時も通りにベッドから脱出し、しょぼつく目を擦りながら、9回目の異世界の空を拝むべく、外に出てみると――。
エっちゃんが『ナイスタイミングで鎮座している井戸』の水で、手を洗っていた。
足元には山菜が山いっぱいに詰められた背負い籠。どうやら僕が起きる前に山菜採りへ出かけていたみたい。確か、農家のおばあさんから受け継いだものだ。
「あー。たっくん、おはよー。引継ぎについては、第七話の終盤辺りに書いてるよー」
おはよう。エっちゃん。心の声、聞こえないでね。
今、帰ってきたところ?
「そうだよー。ミノタウロス騒動終わったから、本腰入れて、業務再開だよー。休業していた分、取り戻さないとだから、早速行ってきたよー」
お疲れ様。今度行く時、手伝うね。とりあえず、朝ごはんの準備しておくね。
「しよう、しよう。なんか残ってたっけ?」
エっちゃんが手の水を切りながら訊いてくる。言われてみて思い出すが、昨日まで先週バべっときながらも余りに余ったミノタウロス肉ばかりメインに調理していたものだから他の備蓄を把握していないのだ。
二人で家に入り、各家庭に支給されている、リリさん印の電気冷蔵庫を開けてみる。
変哲もないパンが二つ、夫婦仲よく居座っていた。
……ふふっ。
「今日の昼市で、買い込もっかー」
んだねー。
僕らは「あなたー」「妻よー」と愛し合う夫婦パンを食べながら、昼市が開くまでの間、『やる気のない屍』を楽しむことにした。
あーうー。うががー。我、ゾンビー。
◇ ◇ ◇
一刻後――。
エっちゃんが「飽きた」と言い出したので人間に戻り、広場で時間を潰すことにした。
◇ ◇ ◇
「たっくんさーん! 避けてー‼」
いつもの広場に着いた、その瞬間。突然の少女の声とともに、ボールが勢いよく、顔面めがけて飛んできた。
それを叩き落として地面にめり込ませると、声の主と、もう一つの足音が近付いてきた。
「たっくんさーん。だいじょうぶー? 取ってくれて、ありがとー」
「おー……」
リコちゃんとコウくんだった。声からして、そんな気はしていた。
二人はとても仲良しで、大体一緒に遊んでいる。同世代の子どもは他にもいるのだが、別に他の子どもたちからハブられているわけではなく、遠くの集団に混じってボール投げ蹴りをしていたりする。
そのボールが、いま僕のところに飛んできたのだ。
駆け寄ってきた二人と子どもたちに、ボールを拾って手渡す。
遠くに飛んでかなくて、良かったね。鍛冶屋のおっちゃんが投げたりしたの?
「違うよー。コウくんのお父さんが投げたら、摩擦で燃えちゃうもーん」
そっかぁ。じゃあ、アラールのマッチョッチョが蹴ったの?
「そっちも違うよー。グラさんのお父さんが蹴ると、その場で割れて、後から破裂音が、聞こえてくるもーん」
確かにー。じゃあ、誰なの?
「コウくんが、蹴ったのー」
「おー……」
コウくんはボールを受け取りセッティングするとゆっくり足を振りかぶり、誰もいない石垣めがけて思いきり蹴り飛ばした。
ボールは風を纏い、砂埃を舞い上げながら、地面と水平を保ちつつ石垣向かって飛んでいく。先程叩き落とした感じだと石垣を砕きかねない勢いだがしっかりスピンがかかっているので、まぁ大丈夫だろう。
――と、呑気に見ていたら。
眠たげに歩くユイねぇさんがひょっこりと、ボールが飛んでいく先に現れたではありませんか!
背負っている毛皮と獣肉の量から、かなり早起きして罠を巡っていたと予想されるユイねぇさんは睡魔と安全圏の村中なのが合わさって気が緩んでいるのか、迫りくるボールに気づいていない。このままだとボールが脚に直撃して十回転してしまう。
ユイねぇさん、避けてー。
声を上げるが、ユイねぇさんは気づかない。
ボールは音速を纏って、リンねぇさんの左脚に直撃した。
――と、思いきや、
なんと、グラさんとユイねぇさんに投げられた僕とエっちゃんを守ってくれた『どこからともなく現れる藁山』が、既のところでユイねぇさんとボールの間に割って入り、盾となっているではないか。
しかし、ボールは止まらない。それどころか、勢いは益々増していて、藁山からは煙が上がっている。このままでは藁山が燃えてしまう。
それでも藁山は逃げない。ユイねぇさんの付近に可燃物が無いことを分かっているからだ。火がついても燃えるのは自分だけで済むと分かっているからだ。
だったら、覚悟を決めた藁山を応援すべきだ。
わらやまー。がんばれー。
衝撃音が響き、土煙が舞った。
土煙が鎮まり激突現場が露わになると、炭化したボールはてんてん……と地面に落ちるなり塵と化し、吹いた風に乗っかって、空へと消えていった。
『どこからともなく現れる藁山』は、発火する前に、ボールの勢いを完全に殺してみせていた。コンマ5秒の激闘に勝利してみせた。
「ボール蹴るのって、むずかしいねー」
「おー……」
リコちゃんとコウくんは「ボール燃え尽きたし、『なんかちょうどいい小川』に行こうぜー」「二人とも、はやくー」と子どもたちに急かされ、何事もなかったように帰っていく藁山と0.5秒の衝撃にズッコケてるユイねぇさんを横目に、「じゃあねー」とその場を後にした。
ばいばーい。
藁山「藁取り替えないと」




