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第23話:起きたよ

前回のあらすじ!

ミノタウロスは美味だった。

 お?

 朝――。鼻ちょうちんの破裂音を雀のさえずり代わりに目を覚ますと、見知らぬ天井が僕を出迎えた。


 現状を呑みこもうと、寝転がったまま、おもむろに辺りを見回してみる。


 僕が居るのはエっちゃんの家の部屋じゃなかった。彼女の家のダークブラウン調の木造建築とはちょっと違う、明るい茶色を基調とした部屋だった。


 というか地元の診療所だった。うんと小さい頃に熱中症を起こして入院していたから間取りはよく覚えている。どうやら現世に戻ってきたようだが、昏睡からの復活とはこれ程までに前触れがないものなのか。


 ――と、今の状況を顧みていると、ドアが開く音がした。


 看護師の秋山さんだった。ばあちゃんとよくお茶会をしている、近所住まいの仲良しのおばちゃんで、窓際の花瓶の水を入れ替えているようだったので声を掛ける。


 おはようございます。


「……ッ⁉」


 秋山さんは反射的に跳び上がり、手から離れきっていなかった花瓶を思わず落としそうになるが、どうにか慌ただしく花瓶の体勢を整えて事なきを得た。良かったね。


「え⁉ 竹太郎くん⁉ あ……ちょ、ちょっと待っててね‼」


 秋山さんは絵物語の人物が飛び出してきたかのような目で矢継ぎ早にそう言うと、駆け足で部屋を出ていった。


 廊下を走っちゃ危ないよ。一応注意してみるが僕の声は届いてなさそうだった。



 ◇ ◇ ◇



 しばらくすると、秋山さんは戻ってきた。僕が目覚めたことを病院のおじいさん先生に報告し、僕のじいちゃんに電話していたそうだ。


 僕は何日眠っていたのか訊いてみる。


「今日でちょうど八日目よぉ。運ばれてきた時なんか、見てられないくらい酷い有様で、搬送・即・緊急手術だったんだからぁ」


 あれまぁ。

 神さまからは聞いていたが、本当に生死を彷徨っていたらしい。肉体は再生するか否かの瀬戸際にいれこそすれど、意識の方では異世界で暮らしていたものだから、全然実感が湧かない。


 本来なら、起きるまでどれくらいかかる見込みだったの?


「少なくとも、一ヶ月は寝ていたと思うわよぉ。もしかしたら一年――最悪、植物状態に陥ってもおかしくない傷だったし、まさか一週間で起きれるなんて本当に奇跡としか言えないわぁ」


 あじゃぱあ。


「なのに不思議よねぇ。酷い傷だったのには代わりなかったんだけど、傷口には一切、砂埃なんて入ってなかったのよぉ。おかげで、直ぐに縫合手術に移れたから、流血も最小限に止められたものよぉ。それに――、」


 それに?


「なんといっても、脳に損傷個所が診られなかったそうよ。傷の大きさからして何かしらの障害も残るんじゃないかと覚悟していたんだけど、こうして話している限り、後遺症は無さそうだしねぇ」


 ああじゃぱあ。

 どうやら神さま、僕の身体が搬送される前に、最小限の処置をしてくれていたらしい。だったら傷をまるまる治してくれても良かったんじゃあないだろうか——と一瞬思ったが、それだと〝流血しているのに傷が無い〟怪奇現象が起こってしまうから、やはり雑菌処理だけで良かったと考え直す。

 神さま、ありがとう。


 そう手を合わせて感謝していたその時――、病室のドアが、盛大な音を立てて開かれる音を聞いた。


 顔を向けると――、一週間ぶりの竹雄じいちゃんの顔があった 。


 すごい速度だった。看護師さんが連絡を寄越したと言ってから、十分も経ってない。家から病院まで、そこまで距離は離れていないが、最低でも二十分は歩かなければならない筈だ。


 まぁ、いっか。じいちゃんは昔、陸上をやっていたらしいし、その名残があるのだろう。


 じいちゃんは息も絶え絶えに僕と目が合うと、最低限しかまとめてなさそうなバックをぼさっ――と落としてしまった。


 その荷物を拾わないまま、ベッド脇まで来ると、ノンストップで僕を抱きしめた。



「よく帰ってきた……!」



 じいちゃんの両目から大粒の涙がとめどなく溢れ出したのが分かった。


 僕はじいちゃんの背中に、そっと手を回した。


 ただいま、じいちゃん。



 ◇ ◇ ◇



「退院でいいよ」

 じいちゃんの来訪から数分後――、秋山さんに連れられて入室してきたおじいさん先生は、しばし傷口の観察と会話をした末に、そう言った。


 僕は意外だった。傷はあっという間に塞がったとはいえ、本来なら回復にもっと月日を要する程の重傷だったと聞いていたので、これから時間をかけて後遺症の有無を調べると思っていたからだ。


「おい澄義。お前の腕を信用してない訳じゃあないが、退院は早計が過ぎないか?」


 じいちゃんが不安げに訊く。当然だ。傷はあっという間に塞がったとはいえ(以下略)。


 しかし先生は、「まぁ、聞きなよ竹雄さん」と落ち着かせて、こう言ったのだ。


「本当ならしばらく検査入院するところなんだけどね。おったまげたことに、昨日の時点で完治してるんですわ。会話的に、言語領域に障害も無さそうだし。だから退院で、後は今月末まで通院すれば無問題だよ」


「――と、言ってるが。竹太郎、身体の具合はどうだ?」


 別状ないよ。ほら――。


 僕はベッドから下りると、壁に頭をめり込ませずに、斜め55度に傾いてみせた。8歳になる頃にはなんか出来るようになっていた僕の得意技だ。


「流石我が孫。いつ見ても最高にぶっ壊れた体幹バランスだ。……だそうだ、澄義」


「では、早急に退院手続きを取っちゃうね。登紀子さんも待ってるだろうし」


 登紀子さん――は、僕のばあちゃんの名前だ。


 そうと決まるなり「早く登紀子さんを安心させんとな」と、じいちゃんは直ぐに手続きを開始した。本来ならば受付を通すものだが、早朝も相まって、じいちゃん以外の訪問者はいなかったものだから、あれよあれよと進行し、僕が着替えてトイレを済ませた頃には、もう帰宅準備は整っていた。


 そして、田んぼに囲まれた帰路に着き、自宅手前に差し掛かると――、玄関前に出はって、そわりそわりと落ち着かない様子で、今か今かと僕らを待ちわびているばあちゃんの姿があった。


 ばあちゃんは、僕を捉えるなり、「竹太郎……!」と思いきり抱きしめてきた。


「おかえりなさい! よく戻ってきたね! あんたまでいなくなったら、おばあちゃんは耐えられ……うっ……うっ……!」


 ばあちゃんは途中から言葉を詰まらせていた。そりゃそうだ。息子夫婦たる僕のオトンとオカンに先立たれ、重ねて孫の僕にまで死なれたら、人生やってらんないだろう。


 ばあちゃん。心配かけてごめんね。苦しいよ。


「ああ、ごめんね。でも、もう少しだけ、こうさせておくれ……」


 腕の力は緩めてくれたが、ばあちゃんは放してくれない。とはいえ、全面的に非があるのは僕なのでなすがままにされ――


「登紀子さん。竹太郎が困って……あ、だめだ。ぶり返してきた……」


 ――ておいていたら、じいちゃんも加わってきた。


 また苦しくなったが、心配かけた贖罪として、甘んじて受け入れよう。


 とはいえだ――。

 それから十分もの間、胸を圧迫されるとは、一体誰が予想しただろうか?


 ◇ ◇ ◇


 落ち着いた頃には、すっかり夜になっていて――、僕は布団の中にいた。


 久々のばあちゃんの手料理はとても美味しかった。本当なら僕の好物をふんだんに並べた献立にする予定だったらしいが、突然の回復でなんの用意もしてなかったのと、一週間も意識を失っていた所為で身体が衰弱していたものだから、胃がビックリするかもしれないということで、退院祝いの豪勢な料理はまた後日となった。体重計に乗った時と、鏡に映った痩せこけた自分を見た時の衝撃といったら!


 それにしても――。エっちゃんたちとは、もう会えないのだろうか? 出来ることなら今すぐにでも確認を取りたい。

 あぁ。でも、もう眠いや。瞼が重たくて仕方がない。一週間眠っていたにも関わらずだ。誰かが言っていた『寝だめは不可能』は本当らしい。


 僕は襲ってくる眠気に身を任せた。


 ◇ ◇ ◇


 気づくと僕は、真っ白い空間の中にいた。


 この景色には見覚えがある。間違いない。神さまと初めて会った場所だ。


 だとしたら――、

 神さまー。


 待ってみる……。

 もう少し待ってみる…………。

 これでもかと舞ってみる………………。


『ふぁいあふぁいあ』


 ブレイクダンスが最高潮に達したところで、神さまが下りてきた。


 お祭りでも、行ってきたの?


『行ってきたよー。口からぼっかんファイアーパフォーマンス、凄まじかったよー』


 良かったねぇ。

 先ずは傷口の雑菌処理ありがとう。その上で質問なんだけど。もしかして僕が起きるの早めてくれてた?


『いや全く』


 ずこーっと、心の中でひっくり返る。


『こればかりは、きみの自己回復力頼りで、きみの小学校の卒業式には無理かもなーって、一か八かだったのさ。そしたらまさかこんな直ぐ起きるなんて、神さまも予想外だったよ』


 あれまぁ。

 それじゃあ本題なんだけど。僕、起きたじゃん?


『起きたねぇ。びっくらぽんレベルで』


 単刀直入に聞くけど、もうエっちゃんたちのところには行けないの?


『そういうわけではないんだけど、そのことで、ちょっと相談があるんだよ』


 なんじゃらほい? と、耳を傾ける。


『ぶっちゃけ、ワタシ次第でこれからも異世界住めるけど、どうする?』


 誠に~?


『ジーマージーマー。きみと同じく事故って異世って目ぇ覚めた後も、そのままコッチとアッチで二足のわらじ生活している子だって居るし~。誰かはプライバシー問題で言えんけど』


 その言い分だと、日本と異世界を行き来出来るようだ。

 それならば話が早い。別れの挨拶もなしにましてやアフノさんのときのように、何処へ行ったかの手紙も書かずに帰ってきてしまったものだから、正に渡りに船だった。


 ――と、安堵のままに話に乗っかろうとしたところで、一つの懸念が脳裏を掠めた。


 もしも、両世界での生活が、偶数日は日本、奇数日は異世界で暮らすといった感じで、一日ごとに移動するものだとしたら、一日置きに両世界の家を丸一日留守にするのが確定となってしまう。それでは結局じいちゃんとばあちゃん、エっちゃんたちを心配させてしまうことに代わりないではないか。


 重要なことなので、今のうちに、ハッキリさせておこう。


 神さま。その人は、どうやって、コッチと異世界の生活、両立させてるの?


『明るい時はコッチで、夜はアッチ暮らしだよー』


 どゆことん?


『コッチの世界の一日は、アッチの世界の睡眠時間相当。その逆もまた然りで、アッチの世界の一日は、コッチの世界の睡眠時間相当。とどのつまり、コッチで寝てる間はアッチの身体で生活し、アッチで眠りに着いたら、ちょうど朝になったタイミングで、コッチの身体に意識が移って生活することになるんだよー。更に、疲労はそれぞれの世界で分別されていて引き継がれることはないから、体力保たないもう無理バタンキューとはならない。というわけで、どうする?』


 なら、眠ってる間の異世界生活、続行で。


『オッケー。向こうの住民からは、きみに関する記憶は消さないでおくねー。そんじゃ、グッなぁ~い』


 良い夢を~。



 ◇ ◇ ◇



 微睡みの中、目を開けると、やや見慣れた天井が僕を出迎えた。


 やや見慣れてはいるが凄く見慣れた自室の天井じゃあない。僕がいま見ている天井は、現在進行形で住まわしてもらっているえっちゃん宅の方のダークブラウン調の自室だった。


 間違いない。僕はまた異世界に来られたのだ。それ即ち――、


「あ。たっくん、起きたー。おいっすー」


 エっちゃんが居る――ということだった。


 おいっす、エっちゃん。僕を覗き込んで、どうしたの?


「そりゃあ、起きないからに決まってんじゃん。普段はわたしと同じくらいに起きるのに。てっきり、熱出してるんだと、駆けこんじゃったよー」


 窓を開けて空を仰ぐと――、……なるほど。確かに日が上ってからかなり時間が経っている。目測二時間の寝坊といったところか。それは心配になるだろう。


 心配かけてごめんねエっちゃん。ところで、一つ訊いていいかい?


「なーにー?」


 その手に持ってる染料山盛りのお皿、なに?


「…………………………」

 エっちゃんは、いつもの吞気な表情を崩さぬまま、口元をもんにょり――とさせて、黙りこくった。彼女は人にやましいことをした時は、決まって笑い損ねたような顔になる。


 僕は染料を取り上げると、取り返す間も与えずに庭へと飛び出し、『ナイスタイミングで鎮座している井戸』を覗き込んだ。


 両頬にしょっぺぇ髭と、額に『魚』が描かれた僕の顔が映り込んでいた。


 僕は追いかけてきたエっちゃんに顔を向け、おもむろに指を染料につけた。


 エっちゃんは、もんにょりとしたまま、頬をぽりぽりと掻いた。


「…………………………てぺぺろ☆」


 鬼ごっこが始まった。



 ◇ ◇ ◇



 その後――、

 エっちゃんを広場でひっ捕らえて成敗した僕は偶然通りかかったグラさんとユイねぇさんに二人して特に理由なくちょっかいをかけたばかりに『どこからともなく現れる藁山』に彼女共々ぶっ刺されていると目を輝かせて現れたリコちゃんとコウくんに染料をぶんどられ村人皆は瞬く間に落書きされたとさ。

井戸「稼ぎ時じゃあ!」


タイトル回収出来てホッとしています。

それでは、せーのっ


脳 み そ 溶 け ろ

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