第21話:わにょるよ
前回のあらすじ!
ミノタウロスをボッ!
びゅごおおぉぉぉぉ……だばだばだば……ばっ……へええぇぇぇぇ……どぅん……。
ッボ――
と、大気圏を逆突破しての超高度なスカイダイビングを終え、僕は村の端っこへと着地した。
いやはや、なんとも刺激的なスカイダイビングだった。実際のダイビングは高くて雲の上からやるものだそうだが、まさか大気圏から体験できるなんて思わなかった。
それにしても、タツさんの気遣いには恐れ入った。ぶっ放された後で着地の手段を考えてなかったのに気がついたわけだが、大気圏逆突破に使った魔力が自動的にパラシュートみたく広がるとは想像もしていなかった。おかげで地面に大穴を開けずに済んだ。
さて……。
膝小僧を掃い、辺りを見回す。
どうやら僕は、村の北側――詰まる所の正門側に落ちたらしい。その証拠に目の前には四日以来のエっちゃん家が見える。というか庭だ。
しかし……大穴は作らなかったもののクレーターを形成してしまった。これは直すのが大変そうだ。手頃な焚き火場としては使えそうだが、流石に放ってはおけない。
とりあえず、先ずは帰宅報告でもしよう。山頂から見た限り、エっちゃんはまだ広場に居る筈だ。山頂を出立してから、そんなに時間も経っていないし。直すのはその後だ。
そうと決まれば善は急げだ。
僕は申し訳程度の小石二つをクレーターに蹴り落とし、広場を目指した。
◇ ◇ ◇
広場に辿り着くと、大きな人だかりができていた。
というか、村人全員集まっているようだった。先程のミノタウロスがまだ片付いてないのだろうか?
おや? よく見ると、グラさんのイカしたオールバックもどきがあるではないか。
お~い。グラさ~ん。と呼びかける。
「おう、タケ。帰ってたのか。アフノさんと一緒じゃなかったのか?」
えっとね、あのね。アフノさんと行った港町に、此処へ引っ越してくる前の旧友の魔法使いと偶然会いまして。観光帰りっていうから、ついでに送ってきてもらったの。
「なるほど。いやー、にしても悪かったな。荷運びのとき船に取り残されたのに気付いてやれんくて。仕事してる身として情けねえや」
グラさんが申し訳なさそうな顔で後頭部を掻く。
僕は手早く首を横に振った。
いいよいいよ。別に大怪我したわけじゃあないし。仕事のプロでもミスしたりするさ。そんなこともあるさ。
「そう言ってくれるとありがてぇや。親父も謝りたがってたから、これが済んだら会いに行ってやってくれ」
それなんだけど、何が起こってるの? と、知らない振りして訊いてみる。
「さっき、ミノタウロスが空から降ってきたんだよ。今それの解体待ち」
と、グラさんが指差した方を見ると、ミノタウロスが広場にぶっ刺さっていた。上半身なんか完全に埋まり切っていて、死後硬直が早かったのか下半身はギャグ股状態で固まっている。
「あー。たっくんさんだー」
その傍を彷徨いていたリコちゃんが、僕に気づいて、「わー」と近寄ってきた。
リコちゃん。これ、どったの?
「えっとねあのね。みんなといつも通り昼市で買い物してたらね。空から牛さんがぴゅーって来てね。みんながキャーってなってコウくんのお父さんがワーってなったんだけど、コウくんがふぇってやってドゥってやって、コウくん自身もドゥってして。最後にドゥルワッシャアってして、こうなったの」
なるほどなぁ。
ミノタウロスの件で引き籠もってても仕方がないので気分転換に昼市を楽しんでたら、そのミノタウロスが山の方から飛んできて。皆散り散りに逃げたはいいものの、ちょうど離れた位置にいたコウくんが逃げ遅れてて。それに気づいた鍛冶屋のおっちゃんが慌てて駆けつけるも、コウくんは焦る父親を余所にミノタウロスを空高く蹴り上げて。コウくん自身もミノタウロスを追いかけるように天高くジャンプして、空中からDDTキメたことで、結果ミノタウロスは地面にぶっ刺さった衝撃でそのまま力尽きたと。
「そうなの」
そっかぁ。
説明を受けてようやく合点がいく。山頂から見たとき、ミノタウロスに飛びついたのはコウくんだったのだ。
そのコウくんはというと。ミノタウロスの隣でおっちゃんの巨腕とリンねぇさんの細腕に抱きしめられていた。「無茶しやがって……無事でよかった……」とおっちゃんが鼻を啜っているところからして余程肝を冷やしたのだろう。微塵もコウくんを解放する様子はみられない。コウくんもそれが分かっているのか、抵抗する気はなさそうだ。
安堵するまで小一時間は掛かるだろう。そう踏んで視線を巡らすと――。
エっちゃんが僕を見ていた。
エっちゃんは僕と目が合うと、何と言わずに近づいてきて、肩をわにょわにょしてきた。
僕もわにょり返した。
わにょわにょわにょ。
わにょわにょわにょわにょわにょ。
わにょ。
わにょわにょわにょわにょわにょわにょわにょわにょわにょ。
エっちゃんがわにょるのを止めた。
「おかえり」
ただいま。
エっちゃん。エっちゃん。あのミノタウロスを解体するってグラさんから聞いたけど、もしかしてエっちゃんがやるのかい? イノシシ、バラしたっていうし。
「違うよー。さっき試してみたけど、ミノタウロスは硬すぎて、バラせなかったよー」
じゃあ、マッチョッチョ? 大型魚の解体、手慣れてそうだし。マッチョッチョだし。
「そっちでもないよー。魚肉と動物の肉は具合が違うんだってー」
じゃあ、誰がバラすの?
「肉屋さんだよー。放牧してる肉牛さんバラしたりするから、手慣れてるよー」
ああ、なるほど。昼市で肉が出ているのだから、肉屋さんがいたって当然だ。
「あ。ほら。そう噂してたら影が出てきたよ」
えっちゃんが指差した方へと顔を向けると――、小柄のおばあさんがこちらを目指して歩いてきていた。付き添いの青年に手を引かれ、杖をつき、それを持つ手も震えている。腰なんか90度近くまでひん曲がっていた。
「今日はほれを切ればへえんか? ふがふが」
入れ歯を忘れてきたのか言葉が所々不明瞭なおばあさんは、ミノタウロスの前に立つと、今にも倒れ伏しそうな身体で、懐からよく磨かれた包丁を取り出した。
が、ヒュッ――と一瞬風が吹いたかと思うと、直ぐに包丁を引っ込めてしまった。
「じゃあ、帰る。ほんじゃあの」
と、おばあさんが踵を返し、杖をついたその瞬間――、
どぅわら――。
と、ミノタウロスは、各部位ごとに切り分けられて崩れたのだった。
「相変わらず凄ぇなぁ。おーい、皆。配るから欲しいとこ、言ってくれー」
残った付き添いの青年は微塵も動じることなく、なんか血抜きもされていた肉の配給を始める。他の住民も特段気にせず受け取る。前から思っていたことだが、この村の人たちは肝が据わっているんだか、驚嘆に鈍感なんだか、よくわからない。
「ミノタウロス、警戒してたんだから、鈍いわけではないよー」
だから、読まないでー。
「それより、はやく受け取りに行こうよー。前、食べれなかったしさー」
僕の訴えを華麗に聞き流したエっちゃんは、そう言って、長蛇の列に加わった。
まぁ、いっか。
僕はエっちゃんに続いた。
リコ「心臓、まだ動いてるー」
村人「ひぇぇっ」




