表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/101

第20話:放るよ

前回のあらすじ!

龍に会いに行こう。

 よいよいよいよい……。

 ほいほいほいほい……。

 アニョアニョアニョアニョ……。

 ペリペリノ。ハイッ‼

 以下、エンドレス……。


 テレビで勧められていた登山法に倣い、座って休んだりせず、一定の速度で舗装されていない山道をぶっ駆ける。


 出発してから約二時間――、僕はミノタウロスと遭うことなく無事に山頂付近まで来ていた。


 此処に至るまで色んなことがあった。リスたちが「最近、ミノタウロスが闊歩してるんですよ~」「なぁ~にぃ~⁉」と座談会していたり、いつぞやのウォーターチャージャー純が寄ってきた生き物をアビバってる様を諸に目撃したり、なんかラリってるダチョウの群れがラウドロックしているのを目撃したりした。


 その過程で、ふと気付いたこともある。


 山頂には龍が棲んでいるというのに、動物たちから「この山、龍が棲んでいるそうなんですよ~」「マァ~ジィ~⁉」と気にしている様子が一切見られないのだ。寧ろ龍の存在に慣れている気さえする。


 それと、山頂が目に見えるところまで来ているにもかかわらず、龍が潜んでいる気配が全くしない。それが関係しているのだろうか。


 まぁ、いっか。


 きっと今日の龍さんは昼寝でもかましているのだろう。寝ているものに一々神経を張りつめていたって仕方ないって話だ。


 兎にも角にも、ラストスパートだ。


 僕は引っかけ棒を駆使して、最後の岩肌を登り切った。



 其の先には――!



 ◇ ◇ ◇



 誰も居なかったとさ。


 どうやら山頂の主は留守らしい。空を飛んでいたとすれば陰で気付きそうなものだが、きっと、僕が北側から登ってきたのに対し、ちょうど南側に飛んでいったのだろう。


 それならば待つだけさ。僕は適当な岩に腰掛け、ふうと息を吐いた。


 山頂からの景色は最高だった。山の緑全体を見渡せるし、村はあんなに小さくて、家畜の牛なんか蟻に等しい。その牛の足元を這う蟻の田中さんに至っては最早プランクトンだ。


 次は、何をしよう。


 ………………。


 そうだ。寝転がった状態での山頂からの景色を確認してみよう。立って眺める景色とはまた違った感動を得られるやも知れない。


 僕はリュックサックを下ろして横になってみた。


 ――が、岩肌が身体の節々に食い込んで痛い。これでは景色を拝むどころじゃない。


 ならば山頂の中央にある寝床と思われる藁に寝そべってみよう。僕はリュックサックを藁の隣に移し、藁の上でごろ寝する。


 だがしかし、そこからだと景色を一望できなかった。端から中央へ移動すればそれだけ見える部分が減るのだから当然っちゃ当然だ。


 それと一つ、おかしなことがある。



 ——どうして僕は、地面ではなく、宙に寝転がっているのだろう?



「まさか、儂の手に寝転がってくるとはなぁ」


 おぉ?

 そんな声が聞こえてくるとともに、足元と背後から霧が湧いた。


 その霧が晴れると――、中から大きな大きな龍が姿を現した。


 古龍さんはとぐろを巻いた状態で頂上一帯を占める巨体だが、怪獣さんほどではない。けれど〝気の優しい力持ち〟を体現したような怪獣さんと違い、全身から威厳が満ち溢れていて、山頂の空気がひりついているものだから自然と背筋がピンと伸びる。こんなこと初めてだ。


 社会に出たら、こんな場面が沢山あるのかなぁ……。


「……先ず、手から下りてくれんか」


 まだ見ぬ未来を憂いていると、古龍さんから急かされてしまった。


 あ、はい。


 リュックサックを引き寄せて、古龍さんの前に正座し直す。なんとなくではあるが正座で臨むべきだと本能が言ったのだ。


 落ち着くと、龍さんは厳かな声で訊いてきた。


「少年……。此処が儂の棲み処と知っての登頂か?」


 そです。

 貴方が、この山の古龍のタツさん?


「いかにも。その呼び名を知っているということはお主、山麓の村の住民だな。その名で呼んでくるのは、そこの村長のゴゼルだけだからな」


 村長、ゴゼルって名前だったんだね。

 へー。


 一人感心する僕を余所に、タツさんは続ける。


「して……儂のもとを訪ねてきたということは、大方ゴゼルから言伝を授かったのだろう。何用か言うてみい」


 うん。ミノタウロスを追っ払ってほしいの。


「ミノタウロス? それくらいゴゼルとリグレイ、その息子のリリの実力をもってすれば容易いものだろう?」


 そうなんだけど。村長は腰が大惨事だから駄目なの。リグレイさんは脚が厳しいみたいだし、リリさんだと、ミノタウロスが日和って逆に逃げちゃうらしいの。


 もちろん、無償でとは言わないよ。

 そう言って、僕は村長から預かった手土産を取り出した。


「おお。ドァンゴじゃあないか。しかも他国のものとは、中々に乙であるな」


 タツさんは団子を見るなり静かに目を輝かせた。村長から「機嫌取りに渡しときなさい。え? 儂のおやつじゃあないかって? また買えばいいんじゃよ。くぅ……」と躊躇いがちに託されたのだが、なんとか功を奏した。


 にしても、ドァンゴかぁ……。

 …………ふふっ。


 愉しくなっていると、器用にドァンゴを摘まんで食べるタツさんが、ちょっと気になることを言い出した。


「というか、ゴゼルの腰は年齢的にともかく、リグレイが脚を悪くしておったとはのう。まだ若いっていうのに難儀なものだ」


 リグレイさんとは、あまり会ってないの?


「会ってはいるんじゃが、リグレイは門楼に常駐しとるから脚まで見えとらんわい。門番という仕事を担っておるのだから邪魔するのも悪いしのう。しかし、あやつが前線を引いていたのはゴゼルから聞いておったがまさか脚を傷めておったとは。偶に降りてくる場に居合わしてはいたが、ズボンを履いてるからとはいえ分からなかったわい」


 人間服無しで過ごすわけには……ふぃふぁふぁいふぁらねぇ。


「人間の不便なところよなぁ。それと、ドァンゴを勝手に食すな。随分自然に手に取ったから反応遅れたわい」


 ふぉんなふぉふぉもふぁるさ。


「口の中を空にしてから話しなさい」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……ごっくん。

 そんなこともあるさ…………もしゃー。


「言いながら儂より先に二本目にいくでない。あぁ、もう、あっという間に残り半分ではないか。表立って山を下りれんから嗜好品は貴重だというに」


 じゃあ、代わりにこれあげる。激動のミノタウロス話ですっかり忘れていた、港町からの帰りの最中寄り道した神さまが買ってくれたものを手渡す。


「なんじゃこれは?」


 ドゥラ焼き。

 二個あるから一個あげる。カステラっぽい生地に小豆餡を挟んだお菓子なの。僕のとこだと〝どら焼き〟って呼ばれてて、ドァンゴと同じくらい有名だよ。


 それにしても、ドァンゴといいドゥラ焼きといい、中々にいい加減な名前だった。


 …………ふふっ。


「ほう。キャステラでイャズキの餡を挟んだ嗜好品か。名は知っておったが、食してみるのは初めてじゃわい。どれ…………おぉ、これも中々イケるのう」


 タツさんはキャステラとイャズキの組み合わせにご満悦だ。良かった良かった。


 …………ふふっ。


 で、ミノタウロスの件、引き受けてくれますか?


「ふむ。まぁ、よかろう。ドゥラ焼きに免じて、ミノタウロスの討伐、引き受けてやろうではないか。ドァンゴについても水に流そう」


 ありがとうございます。


 この古龍さん、チョロい。今後もお菓子をあげれば、どうにかなるんじゃなかろうか。


「あと二回それ言ったら、二度と口聞かんからな」


 聞こえないでー。

 というか、三回までなら流してくれるの?


「よく言うじゃろ。『古龍の顔も三度まで』って。三度目は、空高く舞い上げるからな」


 処罰、激しくなってるー。


 それはそうと、どうして姿と気配を消してたの?


 タツさんは「切り替え早過ぎじゃろ」と呆れながらも、教えてくれた。


「ゴゼル曰く、儂はそこそこの知名度があるそうじゃから、実力試しで勝負を挑んでくるものが後を絶たんのよ。まぁ掃うのは易いのじゃが、それでは余計に知名度が増すばかりで面倒極まりない。故に、「来たのに居ねえじゃねえかー。ちょべりばー」と諦めてもらい、あわよくば「古龍とやら、実は存在しないんじゃねー?」と噂になってくれればいいなって感じで、今のように普段は姿を隠しておるのじゃよ」


 有名なのも、良いことばかりじゃないんだねぇ。


 そういえば。うちのじいちゃんも、前の仕事が人前に立つ仕事だったから、街に出れば「あれ○○じゃね⁉」「ぴぃあ」って騒がれるのが常だったって言ってた。地元に引っ越してからは落ち着いたそうだけど。


「なんじゃ〝ぴぃあ〟って」


 本当にそう言ってたみたいだよ。じいちゃんも、自分の耳バグったと思って〝ぴぃあ〟の正体を突き止めようと、思わず振り返ったって。


「して、どうだったんじゃ?」


 何の変哲もない、ひたすら〝ぴぃあ〟を繰り返す、ただのよしお好きだったの。


「誰じゃよ、よしお」


 ぴぃあなの。


「もうええわ」


 どうも、ありがとうございました。


 ――と、オチがついたその時、僕とタツさんはふとした気配を感じた。


 振り返ると、山頂の端っこから、登山中に目撃した、なんかラリッてるラウドロックなダチョウみたいな鳥が一羽、のらっと顔を出し、しれっと後ろを通り過ぎようとしていた。


 目が合った。


「おや、敷地内だったか。すまないが通らせてもらうよ」


 ダチョウはタツさんの姿を認めるなりそう断ると、すたこらさっさと下山していった。


「おや……まだ気配が朧気のようじゃのう」

 どういうこと?


「儂、姿を現してから気配が復活するまで時間差(ラグ)があってのう。姿を現してから間もないと、今のように知らずして登ってくる者がいるんじゃよ」


 そうなのかぁ。


 だったらミノタウロスも、タツさんが顕現してるの気づかずに登ってくるかもね。


「そうなったら、わざわざ赴く手間が省けるわい。ふぉっふぉっふぉっ」


 ふぇっふぇっふぇっ。


「ブモッ……」

 そう笑っていたら。どっかで見たことある牛頭が、ひょっこり、よいしょ――と、山頂に顔を出した。


 ミノタウロスだった。本当に気付かずやって来た。


 これでもかというくらい、とってもわかりやすい『噂をすると影が出る』だった。


「ホントに来よったわ」


 間抜けだねぇ。


「『話題にすると奴が来る』とは、このことを言うのだなぁ」


 こっちでは、そう言うんだねぇ。


「ブモ……?」

 こちらが吞気に会話していると、ミノタウロスはようやくこちらの存在に気づいた。


 そして、ようやく侵してはならない領域に足を踏み入れてしまったと自覚したのだろう。「ブモッ⁉」と露骨にたじろいだ。


「…………シ……」


 し?


「ウシーーーーーーーーーーッ‼‼‼」


 ミノタウロスはこれでもかと狼狽した。


「うっさい」


 そして、ボッ! と吐かれたタツさんの息吹に当てられ、ドゥッ! とミノタウロスは地上の彼方へ飛んでったとさ。


 語尾がぶっ壊れたミノタウロスは、あっけなく成敗された。


 あーあ……。


 何とも言えない気持ちになっていると、「あ、やべ」とタツさんは言った。


 どうしたの?


「ミノタウロスぶっ飛ばした先、村だわ」


 えー?


 見てみると、確かにミノタウロスは見慣れた村めがけて吹っ飛んでいた。


 しかも、広場にはちょうど昼市が開かれているのか、結構な人だかりができていた。


 バイヤくねー?


「ヤッべえね。速う行かんと大惨事……いや、やっぱ大丈夫そうじゃの」


 タツさんがそう言った、次の瞬間。

 広場の誰かに直撃したミノタウロスは垂直に跳ね上がると、その誰かにしがみつかれるなり、また垂直に広場へと落下して、そのまま動かなくなった。


 ああーあ……。


 どことなくうら悲しい気分に浸っていると、タツさんは訊いてきた。


「……これ、依頼達成ってことで良いよね?」


 あー。うん……。いいんじゃない? 形はどうあれ、ミノタウロスはやっつけたし。


「ほんじゃあ、村へと行くとするかのう。ほれ、背中乗れ」


 良いの?


「ええよ、ええよ。ちょっち早いが散空の時間じゃし。ついでに送っちゃる」


 では遠慮なく――と、僕はタツさんの背中に乗っかった。


「空を散策する」だから散空なのかなぁと思いながら乗ってみた、蛇と同じ見た目をしたその身体は見た目以上に弾力と硬さがあって、ひんやりしていた。


 ひんやりしてるのって、やっぱり変温動物で、空気が涼しい山頂住まいだからなの?


「知らん」


 えー?


「正しく言うと、お主ら人間からどう分類されてるかを知らんのじゃよ。学者が儂んとこ訪ねてきたことなんかないし。というか、世の中には火山とか極寒地に棲んでる龍だっているから、簡単に分類できんと思うぞ。つうか変温かどうか興味ない」


 もし、学者さんが調べされてくれーって訪ねてきたら、どうする?


「肝がぶっ壊れてる大馬鹿者と笑って寧ろ気に入るかも知れんわい。集団で来たら出直しやがれとぶっ飛ばすがな。ふぉっふぉっふぉ」


 ふぇっふぇっふぇ。


「では、行くぞい」と、タツさんは風に乗って、ゆっくりと浮遊した。


「そうじゃ。折角じゃし、ちょい寄り道してくか。直ぐに着いてはつまらん」


 いいねー。


「じゃあ、ちょい魔法かけるでの。ちょっとじっとしておれ」


 そう言うと、タツさんの身体から淡い光が溢れ出て、僕を包んだ。


 彼は僕に魔法が掛かったことを確認すると、空へと昇り出した。

 どんどん高度が増していく。雲なんかあっさり超えてしまった。


 タツさん。タツさん。僕にどんな魔法をかけたの?


「環境ガン無視で平然としてられる魔法と、儂を中心に重力を発生させた。鍛えておる者なら兎も角、一般人のお主の腕力じゃと、ちと厳しいだろうからの」


 僕らは一体、何処に向かってるの?


「宇宙」


 えー?


「さあ。もう直ぐじゃぞ。しっかり掴まっておれ」


 タツさんはそう言って、ラストスパートと言わんばかりに、速度を上げて、「対流圏」「成層圏」「中間圏」「熱圏」と本でしか知らない場所を次々と突破していった。


 そして遂に、ボッ――っと、大気圏を突き抜けた。



 ――そこには、視界いっぱいの、広大な宇宙空間が広がっていた。



 右を見ても宇宙。左を見ても宇宙。上を見ても下を見ても宇宙が途方もなく続いていた。


 凄いや。僕、宇宙に来るのも、大気圏を抜けるのも、その途中の成層圏のオゾン層も、中間層の夜光雲も、熱圏のオーロラも、何もかも初めてだ。


「これこれ。言いたいことは分かるが、語彙がもちゃくちゃになっとるぞ。感想は逃げんから、ゆっくり纏めんさい」


 じゃあ、凄いや。


「端折りすぎじゃない?」


 じゃあ、凄いや凄いやー。


「語呂の良さで誤魔化すでない」


 じゃあ――、

 と、一息吸って、思ったことを全部さらけ出す。


 まさか宇宙に来れるなんて思ってもみなかった。僕が知る限りだと宇宙に来るには宇宙専門組織の厳しい試験を潜り抜けた上で、厳しい訓練を受けなきゃいけないから尚更だ。それに大気圏を魔法ありきとはいえ、生身で突破するだなんて想像つかなかったよ。想像つかないといえば成層圏に存在するオゾン層は有毒だって話だからそこを宇宙服も無しに通過しできたなんて今でも信じられないし、中間層の夜光雲なんかこの星で最も高い雲と言われてて、特に低温の高度85km付近の中間圏界面領域、しかも夏にしか発生しないそうなの。更に熱圏のオーロラに至っては極地っていう極限られた地域でしか見られない、プラズマ粒子と大気圏内の酸素原子や窒素分子がぶつかり合って起こる発光現象で、先ず拝むこと自体困難だっていうから、いやはやなんだすったもんだ。


「べらぼうに長いし飽きたじゃろ最後」


 うん。それでも最後まで言わせてくれたね。


「あとオゾン層? と思しきもんは目に見えんかったし、夜光雲は〝夜に光る〟と名称に入っとるくらいじゃから昼間に見えるもんじゃなかろう。オーロラとやらも夜間外に発光して見えるものか?」


 そこはフィジカルとフィーリングなの。その二つがあれば見えないものだって見えるの。


「なんじゃそのスピリチュアル暴論」


 神さまが言ってそうなの。きっと今も愛と平和と小麦粉でパンでも作ってるの。


「そんな神、嫌じゃ儂」


 そういう神さまだっているさ。人生も世界も理想ばかりで構成されていないもの。


「人生五周してきたような口を聞くでない」


 だったらタツさんは、何回輪廻巡ってるの?


「巡ったことはないが、お主の寿命の百倍は生きておるぞ。今年で千いくか?」


 わぁい。


 千年生きる人生って、どんな人生なの?


「どちゃくそ暇じゃ」


 言い切ったねぇ。


「だって、千年じゃぞ。千年も生きてたら、おもろいもんも美味いもんも大体味わい尽くしてしもうて、バチクソ退屈極まらん。お主ら人間の平均寿命が羨ましいわい」


 人間からしたら、人生百年もべらぼうに長いけどねぇ。


 でも、人間より長生きだからこそ叶うこともあると思うよ?


「なんじゃいそれは? 言うてみい」


 今日初めて、ドゥラ焼き食べれたじゃん。


 言うと、タツさんは目から鱗を二十枚落としたような顔で、目をぱちくりさせた。

 そして――、


「ふぉっふぉっふぉ。確かにお主の言う通り、今日まで生きておらねばドゥラ焼きにありつけんかったわい。お主との出会いにもな。ふぉっふぉっふぉふぉっふぉっ」


 声を高らかに、実に愉快そうに笑ったのだ。


 ふぇっふぇっふぇ。


「ほんじゃあ、気が済んだし帰るとするかのう。一気に降りるから、手を離すでないぞ」


 ずおおっ――と、タツさんは徐に身体を翻し、星へと下降を始めた。


 頬肉があぼぼぼぼ……と、これでもかと言わんばかりに、ばるんばるん揺れる。


 またとない風圧を愉しんでいるうちに、100キロ先に、見慣れた村が見えてきた。


 すると――、タツさんは僕を魔法で浮かして、言ったのだ。


「んじゃ、お前さんを村の端っこにぶっ放るぞ。儂はもう少し散空を続ける」


 えー?

 どうしてぶっ放っちゃうの? 此処まで一緒に来たんだから一緒に行こうよ。


 唐突な別れに抗議してみせると、「さっきも言うたじゃろう」と、タツさんは続けた。


「儂は目立とうないし、折角ミノタウロスが討伐された傍から儂が空からハローしたら、それこそ大騒ぎ待ったなしじゃ。儂の人里を訪ねる時の姿はゴゼルを始め一部しか知らんからのう。本来の賑やかさを取り戻した後で、しれっと帰るくらいがちょうど良い」


 言われてみて実感するが、彼はミノタウロスを遥かに超える巨体で、吐息一つでK・O勝ちする程の実力。それを踏まえると、ミノタウロス騒動の喧騒も覚めぬうちに村付近を飛べばパニックに陥らせてしまうと懸念するのは当然だ。


 だったら彼の言う通り、ここいらで別行動を取るのが賢明かも知れない。


「それとも、なんじゃ。儂の魔法コントロールを信用できんというのか?」


 タツさんが、ドラマにありがちな面倒くさいことを言い出すので、慌てて弁明する。


 信用しないわけないじゃない。だってタツさんだもの。


「なら、黙って放られい」


 魔法によって、タツさんの鼻先に移動する。


 もしかして、鼻息で地上にぶっ放るわけじゃあないよね?


「なわけあるか。では5でゆくぞ」


 ばっちこーい――と、残りの大気圏逆突破に備える。


「5!」

 僕はぶっ放された。


 やられてみて気づいたが……タツさん、5カウントとは一言も言ってなくねー?


「ところで、お主の名前なんじゃっけ?」


 木下竹太郎おおぉぉぉぉぉぉ……。

 今更過ぎる自己紹介をしながら、僕は隕石となった。

竹太郎「きっと今も愛と平和と小麦粉でパンでも作ってるの」

神さま「ん?(パン作りキット使用中)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ