第1話:来たよ
前回のあらすじ!
異世界移転。
目覚めると、僕は木々に見下ろされていた。
森の中で仰向けになっていた。
青空の中を鳥の群れが飛んでいる。とりーとりーと鳴いている気がする。ホントにそう鳴いていたら、楽しいのにな。
頭を横に曲げてみると、ウサギさんがこっちを見ていた。
ウサギさんの頭には角が生えていた。ホントに異世界に来たらしい。
「うさぎー」
とウサギさんが去っていくのを見届けてから身体を起こす。身体を使った感じ、僕は人として転送されたらしい。指もしっかり五本ある。
いや。あくまで〝人型〟なだけで、もしかしたらは〝一つ目〟なのかも知れない。羽や獣耳が生えている〝妖怪さん〟の可能性だってある。
全身をぺたぺた触診してみた。
うん。違いなく〝人〟だ。獣耳や羽といったものも無ければ、目も閉じて触ってみた感じ、ちゃんと二つある。
そういえば、僕は〝どっち〟なのだろう。転生先の種族が分からないなら、性別だって違うこともあるだろう。さっきの触診でも、あそこは触ってないし。
僕はズボンを捲ってみた。
男だった。
取り敢えず、食べ物と水を探そう。人も探したいけれど、そっちは十分な食べ物と水が手に入ってからだ。
僕は森の中を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
数時間後――。
僕は目覚めた場所に戻ってきた。
やった。やった。いっぱい取れた。
林檎とか柿とか葡萄とか、色々見つかった。たくさん採れた。川は見つけられなかったけど、これなら水分も同時に得られるから一石二鳥だ。重そうだから採りはしなかったが西瓜もあったし。果物が減ってきたら、採ってみるのもありかも知れない。季節的におかしいけど、異世界だからそこのところは関係無いだろう。
だけど、キノコは残念だった。じいちゃんのキノコ図鑑は読んだことあるけど、此処は完全所見の異世界だ。故に、毒キノコかどうかの判別がさっぱりつかないから、あんまし採れなかった。
それにしても。でっかいモンスターに出くわさなかったから、凄い収穫しやすかった。これも神さまがくれた『モンスターとかの敵対者から存在を感知されないスキル』のお陰なのだろう。ありがたや。ありがたや。
しかし、このスキルの具体的な効果は知らない。なんとなく知っていると具体的に知っているとでは天地の差があるはずだ。
そこんとこ、しっかり訊いておけば良かったなー。
この声、届くかなー。
神さまー。
僕は天に向かって叫んでみた。
届いただろうか……。
届いてるかなぁ…………?
届いてたらいいな………………。
『はいなはいな』
届いた。
光とともに、声だけ、しっかりと降臨してくれた。
『なんだいなんだい? なんか用かい?』
質問です。神さまがくれたスキル、具体的にはどんな効果なの?
『効果? んー……、言うなれば、餌を求めるモンスターが、どれだけ優秀な鼻を持っていようが、千里眼を使えようが、キミの存在に気付けないんだ。故に、絶対狙われない』
どうして狙われないんだろう……?
………………。
ああ、そっか。無駄足になるのか。
『そう。探知に引っ掛からないということは、そこに餌はない。故に、時間の無駄になるから行かない。よって、必然的にモンスターは、キミがいる場所を目指さなくなる』
へー……。
神さま神さま。
『ほいほい?』
今日、ウサギさん見たんだけど。僕の近くにウサギさんとかいたら、嫌でも遭遇するんじゃない?
『そこは大丈夫だよ。キミ、視えてないから』
視えてない?
『詳しく言うと、キミのことは視覚化できないんだ。モンスターからしてみれば、キミは透明人間に限りなく近い状態になっててね。気配すら感じないから、そっちから攻撃するか、声を掛けない限り、そこに何かいると思われること自体無いよー』
そうなのかー。
『ところで、あと六時間ちょいで夜だよ。そろそろ火ぃ焚く準備した方がいいんでね?』
あらまあ。
だったら、急いで準備をしなければ。果物はともかく、流石にキノコを生で食べるわけにはいかない。
教えてくれて、ありがとう。
『どういたしましてー』
それと神さま。服もこしらえてくれて、ありがとう。お陰で、堂々と人、探せるよ。
『もう一度、どういたしましてー。流石に全裸で、異世界に送るわけにもいかないべさー。服無しで居住区に転移したら、捕まっちゃうしー』
お気遣い、ありがとう。
『いいよいいよー。いやー。当たり前にやってたけど、感謝されると、いいものだねー。そーゆー心、大事にしなよー』
うん。
『それでは、グッバーイ』
ぐっばーい。
神さまの声が途絶えた。
……さて。火の準備を始めよう。先ずは、枝を集めなければ。
僕は再び、森の中を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
さあ始まりました。三分では終わらないクッキングのお時間です。
材料のご紹介です。
①乾燥した枝木。
②たまに見る綿花。
③先の尖った細長い枝木。
④凹凸のついたでっかい枝木。
⑤乾燥した草。すっかり忘れるところでした。
それでは、始めましょう。
僕はでっかい枝木の陥没部分に、綿状のなんかを散らして、細長い枝木を差し込んで、しょりしょり回す。
…………ぶすぶすり。
しばらくすると、煙が燻ってきた。
小さな火種を死なせぬために、息を吹きかける。
……ぼっ。
小さな火が点った。乾燥した草から燃やしていき、今度は集めた枝木をぽいぽいと投げ込む。わっちゃれわっちゃれと燃やしていく。
しばらくすると、火の勢いが安定してきた。
焚き火、かーんせーい。
キノコの串刺しを焚き火の傍に立てる。串が野生なのはこの際目を瞑る。
目の前で焚き木が燃える。火花がぱちぱちと鳴って、串刺しのキノコを炙りながら、煙を生み出して昼の空に昇る。
ああ、良かった良かった。明るいうちに焚き火を用意できて。モンスターに襲われないとはいえ、夜に明かりが無いのは怖いもの。
それにしても、と周囲を見渡す。
薪を拾っている時から思っていたが、森の中はあちらこちらの枝が折れていたりと随分傷んでいた。台風が来たのだったら分かる話だが、それなら地面はもっとぬかるんでいるだろうし、何より薪は湿気っている。それが順調に燃えているのだから、気象現象路線は絶対にありえない。
といっても、知らぬことをいくら考えていても仕方がない。とにかく今は腹ごしらえだ。
さあ、焼けたぞ。果物は、デザートに取っておこう。
いただきま~――。
ザッ。
あ……?
口を開けると、後ろから足音がした。何かが来たみたい。
ウサギさんだろうか、それともまだ見てない遭遇してないオサルさんやリスさんだろうか。もしかしたら、モンスターかも知れない。
僕は後ろを振り返った。
弓を持った、イカした女の人が立っていた。
髪の短い女の人は如何にも「HUNTER」な装いだった。見たまんまの通り、狩人を生業にしているのだろう。弓も携えているし。
その弓を構えながら女の人はちょうど僕の横に立つと、しゃがんで焚き火の周囲を調べ始めた。
キノコの串焼きを手に取ったり果物を突っついて転がしてみたり。僕には全然目を向けない。視えてないのだろうか?
もしかしたら、神さまがくれたスキルは、モンスターだけじゃなく人にも有効なのかも知れない。事実、目の前の女性は今まさに警戒状態だから敵扱いなのだろう。
今度神さまに会ったら訊いてみよう。今呼んじゃうと「さっき呼んだばかりじゃないかちょんまげー」とか言われかねないし。
まぁそれは置いておくとして。人が出てきたということは、近くに居住区があるのやも知れない。
この好機を逃すまい。僕は挨拶してみることにした。
こんにちは。
「⁉」
女の人が即座に弓を向けてくる。
バッ‼
べちっ。
あふん。
女の人が構えていた矢の枝部分が、振り向きざまに、僕の頬に当たった。
痛い。
「あ、すまん。……ん? え? どっから湧いたキミ…?」
やっぱり視えてなかったっぽい。
落ち着いて。僕はここにいたよ。
「いや、いなかっただろ。私からは急に出てきたように見えたぞ」
いたよ。
いたんだよ。
いたんだもん。
…………。
みーーーーーー。
僕は両手を微振動させながら、ゆっくり前に突き出した。右手は細かく、左手は荒く。
ゆら~~~~っ。
ばるばるばるばるばるばる……。
女の人は「ぐああああ……」と、ノリの良い悲鳴をあげて仰け反る。
「分かった。分かったから。キミがここにいたというのは信じることにしよう」
良かった。信じてくれた。
あ。スキルのこと、説明した方が早かったかな?
ま、いっか。
「まあ、それはいいとして、何だキミは?」
十二歳です。
「そうか。十二歳か」
お姉さんは?
「私は二十歳だ」
二十歳さんかー。初めましてー。
「こちらこそ。て、違う。何故名前よりも先に年齢を教え合わなければいけないんだ」
そんなこともあるさ。
「無いわ。……まあ、いい。私の言葉足らずだったということにしよう」
解決した。
「で、キミはここで何をしている」
火を焚いてました。
「それは見て分かる。煙が上がっているのを見て、ここへ来たのだからな」
そうなのかー。
……食べます?
僕はキノコの串焼きを一本手に取った。
「いただこう」
女の人は割りとあっさり受け取る。〝くれるものは拒まず〟なのだろう。
「ん? …………待てキミ。これ、良く見たら全部毒キノキョじゃないか」
あじゃぱあ。
「これに刺さってるキノキョは上から順に『頭痛』『下痢』『身体麻痺』毒を持っている。成分とは正反対に、見た目が良いものだから、誤って採ってしまう子が多いんだ」
あじゃぱぱあ。
危ないもの渡して、ごめんなさい。
「構わん、構わん。ところで、キミ、あれか? 旅人なのかい?」
何で、そう思うの?
「この毒キノキョは此処ら一帯特有のものだ。これを知らないとなれば、始めて訪れる者に限られてくるからな」
へー。
「……ん? だとしても、キミ、全然装備がなってないような……?」
あ、これ戻る。
このままだと初めからになると確信した僕は、誤魔化そうと、作り話をした。
そうなの。旅してたら、わーってなってきゃーってなって。何とか逃げれたんだけど、その際に、荷物があーって、落っこっちゃったの。
がばんがばんだった。
「……ああ、なるほど。衝撃的な場面に遭遇してしまって、逃げるのに夢中だったから、記憶も曖昧、と。……これでいいか?」
なんか都合良く解釈してくれた。
ま、いっか。その設定でいこう。
頷いたその瞬間――。
「……‼」
女の人は突然、一瞬だけ左を一瞥すると、僕を抱えて、草むらに飛び込んだ。
直後、〝そいつ〟は現れた。
二足歩行のでっかい牛だった。全身ムッキムキで、角なんかとても鋭そう。あんなのを構えて突進されたら、間違いなくあの世へ「ぐっばい」してしまうだろう。
牛さんは持っていた棍棒で焚き火を何回か突くと、ぐあーっと左足をあげて、どすーんと踏みつぶしてしまった。
あーあ……。
踏んだ衝撃で地面が揺れる。地響きに驚き、鳥が「けーけー」「とりー」と飛んでいく。果物が「きゃあ」とズッコケる。
牛さんはしゃがんで果物を拾うと、ふんかふんか嗅いで、口に入れた。あっという間に全部食べてしまった。
ああーあ……。
食事を終えた牛さんは立ち上がり、辺りをきょろきょろ見回すと、どっかへ去っていった。
「……行ったか」
女の人が草むらから出る。
二十歳さん。あれって、ミノタウロス?
「そうだ。生態は知っているか?」
いんや。名前だけ。
「通常なら洞窟に棲んでいるのだが、何があったか森に出てきてしまったんだ。今はまだ敵対してないが、あいつは縄張り意識が強くてな。洞窟に戻ることがなければ、いずれはこの森一帯を支配しようとするだろう」
だから台風一過よろしく、草木が荒れていたのか。納得。
敵になったら、戦うの?
「戦うだろうな。此処らの森が占拠されてしまったら、私たちは出入りができなくなって、生活が著しく制限されてしまう」
そうなのかー。
世知辛い自然社会だねぇ。
「まあ、未だ見ぬ未来を憂いていても仕方ないさ。私も村へ帰るとしよう。キミも来い。叩いてしまった詫びだ。一泊してけ」
そう言って、さっさと歩き出した彼女の背中を僕は追いかけた。
「ところで二十歳さん」
「なん――
ぶみんちょずってん
――だ」
「さっきのキノキョ、転がってるからね」
「警告が遅い」