第16話:着くよ
前回のあらすじ!
リリさんの話。
うーみーはーかいでーなー、ろいひーいなー。
ふんふふふー、ふふふーふー、ふーふーーーふーふー。
ははははは、ははははは、はははははははーー。
ほんへんはん。あはへんほん。あーはーーん、へんほーーん。
…………。
タイトル、なんだっけなぁ……。
海戦を終えて、航海が再開された休憩中、昼食を食べ終えた後――。曲名不明の、うろ覚えの童謡を一通り歌ったところで、僕は首を傾げた。
童謡といった国内の有名どころでありながら、僕は曲名を知らなかったり、歌詞も一節しか知らなかったりするのが多い。じいちゃんもばあちゃんも、「そういやどうだっけ?」と途中までしか歌えない曲が結構あったりするが、僕も同じくらい覚えてないのだ。
まあ、いっか。忘れたなら、気になった時に教科書を開けばいいし、それでも分からなかったら、有名な一節から先生とかに教えてもらえば良いのだ。僕が通っている小学校、校長先生以外だと先生一人しかいないけど。
「タロくん、どうしたのぉ? さっきから、ずっと黙ってるけどぉ?」
歌い終わってから随分無言だったのだろう。先行していた大怪獣さんが、僕を気にして振り向いてきた。
学校のこと、考えてたの。
「学校ぅ?」
学校なの。
「学校って、なぁにぃ?」
将来の幅を広げるために勉強する場所なの。僕が通ってたところはもう無くなっちゃうけど。
「どうしてぇ?」
僕しか生徒がいないからなの。
「なんでぇ?」
過疎化で、僕しか学校に行く子がいないからなの。
「他の人はぁ?」
親の引っ越しとか、出稼ぎで、みんな、出て行っちゃったの。
「そっかぁ」
そうなの。
「悲しいねぇ。通ってたところが無くなっちゃうのはぁ。僕も、お世話になった駄菓子屋さんが年齢的な限界で閉まっちゃった時は、とっても悲しかったよぉ」
わかるー。
……てか、海の中にも、お菓子あるんだね。
「あるよぉ。すこんぶとか、スコンブとか、酢昆布とか……、あとは……なんだっけぇ?」
知らんよ。
酢昆布以外、売ってなかったの?
「僕、酢昆布好きなんだぁ」
そっかぁ。
「タロくんは、何が好きぃ?」
おかきが好きだなぁ。
「おかきってぇ?」
餅米から作られたやつでね。なんかの餅を小さくして乾燥させたものを表面が良い感じになるまで炙った米菓なんだって。美味しいよ。
「美味しいのぉ?」
美味しいの。
「そっかぁ。……今度、作ってみようかなぁ」
餅米、あるの?
「あるよぉ。リリさん伝手で国に紹介してもらった商人さんが、定期的に、地上のものを国に売りに来るのぉ」
へえ~。リリさんって顔が広いんだねぇ。
その商人さんってどんな人?
「そこの人ぉ」
え?
大怪獣さんが指差した、僕の後方を振り返ってみると、ちょうど甲板に出てきたアフノさんと目が合った。
「どうしたの、お二人さん? 私の顔、食ベカスでもついちゃってる?」
ついてないよ。
アフノさん。アフノさんが、大怪獣さんの住んでる国と貿易してるって話してたんだけど、それって本当?
「ええ、そうよ。彼の言う通り、月初めに、彼ら海人が住まう海中街へ行ってるわ。五年前、リリさんから彼らの街に地上のものを売ってくれないかって頼まれてね。そんな一生に二度とない凄い話、逃す手はない! って、二つ返事で是非ともやらせてくれと私からお願いしたの。あの時の熱意と興奮は昨日のように思い出すわぁ……」
海中街?
海の中に、街があるの?
「あるよぉ。さんごとか、サンゴとか、珊瑚とかが綺麗だよぉ」
珊瑚しか無ぇ。
ここで僕は気づく。大怪獣さん——改め海人さんは、名物を訊かれると一つしかぱっと思いつかないタイプだ。
「確かにねぇ」
心、読まないでー。
「確かに、珊瑚がこれでもかと生えていたわねぇ。なのにお互いの良さを壊さないように中和し合っていたし、水の流れと海草の揺らめきも相まって初めて見たときは圧巻の一言だったわぁ。他にも和を基調とした建築は絵本の世界観を彷彿とさせたし、夜に見る海中ランタンなんかとても幻想的で言葉を失ったものよ。そうそう。海人の服装のデザインも派手さは最小限ながら渋くて華やかで、是非とも製作過程を見せてほしいくらいだわ」
アフノさんが余韻に浸った顔で、ほうっ……と息を吐く。あの顔は本当に感動するものに出会えた時にする顔だ。
そんなに綺麗なんだ。
「観光地化したらその類のランキングで初回一位からあっという間に殿堂入りを果たせるくらいの絶景よ。もし観光地になった暁には何がなんでも私がレビューしてやるわ。ま、ならないでしょうけど」
観光地、ならないの?
「ならないわよ。なんなら私とタローくんにリリさんと彼のお父さん、その仲間たちしか海中街の存在を知らないわ。うちの船員たちには緘口令を敷いてるし」
なんで?
「本人たちが、それを望んでいないからよ」
そうなの?
僕は海人さんを見上げた。
「そうだよぉ。さっき言った、僕のお兄ちゃんが殺されたのが関係してるんだぁ」
そう切り出して、海人さんは話の続きを語り出した。
「先代の将軍様が、僕のお兄ちゃんが殺されたことを偶然目にした子ども伝手に知って、すごい怒ってねぇ。自分の部下たちと一緒に、大津波起こすわ、暴風雨起こすわ、人が暮らしている辺りの海をこれでもかと荒らしたそうで、一通り暴れに暴れた末に、鎖国するって、地上の人たちとの交流を一切禁止にしたんだぁ。当時の僕はうんと小さかったし、ショックが大きすぎるだろうって、お兄ちゃんが殺されたこと知れないように情報操作されてたから、鎖国のことを知る由もなく、鎖国から六年経った頃に勝手に外に出て、リリさんと接触した訳だけど……」
思っていた以上に、重い理由だった。
うへぇ……。
「まぁ、僕は正直、鎖国はやめていいと思うけどねぇ。リリさんたちのことは好きだし、先代将軍様の後を継いだ姫将軍様も、過去は過去で、自分たち次世代が、怨恨を引っ張る義理も理由もないって、いずれ開国したがってるしぃ。気にしてるのは先代と、先代と同世代の大人たちだけだと思うよぉ。何より、いつまでも気にしてたら、お兄ちゃんが安心できないものぉ」
あれまぁ。
僕は内心酷く驚いた。じいちゃんが教えてくれたのだが、人間というのは自分がされた嫌なことを中々忘れられない、乗り越えられない、下手すれば、どれだけ辛い思い出でも一生覚え続けてしまう人が少なからず居るもので、それが過激化すれば、過去にされたことを出汁に執拗に賠償責任を問う場合もあるそうだからだ。
そう思うと、被害者側でありながら引きずろうとしない海人さんと、会話に出てきた姫将軍様は、とても心の強い人だ。
だから僕は、言ってやったのだ。
海人さんは、強いね。
「えぇ?」
海人さんは、何を言っているんだろうって感じの、キョトンとした顔で、コテンと首を傾げる。
「何が偉いのぉ?」
過去は過去だって、家族が死んじゃったことを割り切れるところ。僕も両親には先立たれてる身だけど、覚えてないから何とも思いようがないし。簡単に乗り越えられることではないと、僕は思うよ。
「そうかぁ。僕、強いのかぁ。考えたこともなかったなぁ……」
強いよ。
「そっかぁ……お兄ちゃん、褒めてくれるかなぁ」
海人さんは少し儚げに、けれど、ちょっと嬉しそうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
出港から四日後――。
交易先の港町が望遠鏡で確認できる位置まで来た僕らは、海人さんとお別れしていた。
今、海人さんは来る時と違って太陽の方角に居ないから、逆光で見えなかった顔が良く見える。海人さんは、ああ、愛されてきたんだなって一目でわかる、穏やかで優しい目をしていた。
「ごめんねぇ。これ以上は行けないやぁ。僕、あそこの人間さんとは馴染みないし、身体も大きい分、びっくりさせちゃうからぁ」
と、申し訳なさそうに話しかけてくる海人さんに対し、
「謝らないでちょうだい。貴方が先行してくれたおかげで普段遭ったりする魔物との戦闘を避けれたんだもの。寧ろ感謝してるくらいだわ。本当にありがとう」
アフノさんは、晴れやかな顔で謝辞を述べたのだ。
一方で、僕は聞き捨てならない台詞に三センチくらい驚愕していた。
普段、魔物に遭う~?
マジで~?
後ろの船員さんたちからも「確かに、今回の航海は平和だったな」と口々に聞こえる。どうやらあの時の猟銃は常備しているものらしい。なんで航海に銃? と疑問だったが、ようやく合点がいった。
「だったら良かったよぉ。ほら、僕んところの種族、色々とやらかしちゃったからさぁ。イメージ改善のためにも、定期的に巡回しないといけないんだよねぇ」
ああ、なるほど。
海人さん、治安維持部隊の人だったんだね。だから怪獣さんたち、連行してったんだ。
納得。
「そうだったのね。定期的になんて大変でしょうに、お疲れ様です」
「こちらこそ毎度交易ありがとうございますぅ。……それじゃあ、僕もそろそろ国に帰るよぉ。向こうの人たちも、僕に気づきかけてるみたいだしぃ」
言われてみると、港町の砂浜の一点に、やたら人が集中していた。全員「パパー。あれなにー?」「でっっっっっっっっっかいなあ」って顔をしている。
「よく見えるねぇ。望遠鏡も無いのにぃ」
海人さんが、感心する。
田舎育ちだからねぇ。
「そっかぁ」
「……さ、お二方! お話はこれくらいにしときましょう。魚は鮮度が命だからね」
アフノさんが、会話の区切りがついたところで、パンと手を合わせて、お別れを促す。
そういえば、交易品は生ものだった。きちんと冷凍していると云えど、腐ったりしたら交易の〝こ〟の字もない。
じゃあ、最後に一つ訊いていいかい?
「なぁにぃ?」
海人さんの〝人〟の姿ってどんな感じなの? 人って言ってるんだから、人の姿もあるんだよね?
「人の姿かぁ」
海人さんはぼやくと、ざぶぅぅぅん……と、海中に身を沈めた。
しばらく波が船を揺らす。
更にもうしばらく待っていると、海人さんが沈んだところから、〝穏やか〟を体現した優しい顔立ちの巨漢が浮上してきた。
「こんな感じだよぉ」
そっかぁ。
ありがとう。ばいばーい。
僕はアフノさんたちと一緒に、船に揺られながら手を振った。
海人さんが水平線に溶けこむまで、手を振った。
やがて、海人さんは見えなくなった。
さあ、久々の陸地まであと一息だ。
「パパー。でっっっっっっっっっかいのがいたところから、おとこのひとー」
「よく見えるな?」




