第99話:台風よ【異世界Part】
前回のあらすじ!
現異世界の礎。
丘からも見える港の怪物は、海人さんだった。
海人さんは海の治安維持に努める、交易船顔負けの超巨大怪獣だ。その巨体たるや、本人がその気になれば船なんて片手で掴めてしまう程だ。
そんな彼が一体どうしてこの村に?
「あれはあの時の……どうしてこの村に?」
リリさんが訝し気に呟く。確か彼は、リリさんと出会ったことがあると言っていた。
行ってみましょう、そうしよう。
「じゃあ、捕まってて。舌噛むなよ」
そう宣ってリリさんは、僕を軽々脇に抱えて、全身に雷を纏って丘を飛び降りた。
その瞬間──、丘の先っちょを後ろ足で思い切り蹴って、宙で加速した。風に押されて、頬がばるばる揺れる。
滑らかな着地を決めるなり光速で駆け出す。比喩でもなんでもなく、本当に光の速さに匹敵しそうな速度で港に到着する。僕だったら走って五分のところを5秒未満だ。
港はこぞって大騒ぎだった。
「何だてめぇはコラァー‼」
「誰だてめぇはコラァー‼」
「何しに来やがったコノヤローー‼‼‼‼‼‼」
皆が畳み掛ける中、更にそこへマッチョッチョの咆哮が重なるから海人さんも「わぁ」って顔を仰け反らせる始末だ。
でも、村人たちが〝臆病故に咆え散らかしてくる子犬〟と化してしまうのは仕方ない気もする。僕も初めて彼にあった当時、そのあまりもの巨体に絶句してしまったもの。
とはいえ、彼からすれば一方的に咆えられているのだから堪ったものじゃない。現に「聞いてよぉ」と頭を抱えて困ってる。流石にやりすぎ。
「おぅい海人くん。海人く~ん」
「……! あ、リリさんとタロくんだぁ」
「なんだリリ! てめぇの知り合いか⁉」
「そっすよアラールのとっつぁん。此処は一つ、僕に任せておくんなせぇ」
「てめぇが言うならそうしよう! おめぇら、仕事に戻りやがれーー‼‼‼‼‼‼」
「うーい」
騒いでごめんな兄ちゃん、と謝りながら去る漁師さんたちを、しかし海人さんは呼び止める。
「あ、今回の話は漁師さんにも関係あるよぉ」
「やっぱ戻るなーー‼‼‼‼‼‼」
「一体何があったんでい? 人里の敷地内に入ってくる自体珍しいし」
「えっとねぇ──、嵐が来るよぉ」
「マジで~?」
真に~?
ホントだよぉ、と海人さんは続ける。
「ついさっき、海上に発生してねぇ。進路的に、コッチに来そうだから、伝えに来たんだぁ。あの調子じゃあ、丸一日留まるよぉ」
「それはわざわざありがとう。早速村長に伝えることにするよ」
「その必要はないぞぉい」
「あ?」
リリさんに釣られて振り返ると、車椅子に乗った村長が、ブースター全開で爆走してきていた。その後ろを、なんだなんだ、と村人がうじゃうじゃ付いて来ている。
村長が乗っているのはゴゼルさんが何時ぞやに作っていた車椅子だった。あのときは暴走の末にお星さまになっていたけど、遂に完成したんだね。
「おかげで腰を気にせず外出できるわい。マジで歩けんくなったら困るから家ん中では乗ってないがの」
それでも、良かったねぇ。
「さて──騒ぎに駆けつけてみればそこのお主、遠いところを知らせに来てくれてありがとうのぅ。早速対策に取り掛かるから、嵐が来る目安を教えてくれるか?」
「明日ぁ」
「明日?」
「明日だよぉ」
「マジで~~⁉」
村長がギャルになってしまった。
「ちょっと待ってよぉ。鎮魂祭明日なのに、このタイミングで嵐とかチョベリバなんですけど~~‼」
ギャルが喚いてる通り、明日は魔王さま没後十年目の大きな節目なのだ。しかも祭りの準備だって既に始めてしまっている。
「でも、生命にお祭りは代えられないよぉ?」
「そこなんじゃよ」
村長がギャルから我に返る。
「この村の鎮魂祭は魔王の墓がある分、要人を始め各国から魔族が五万と集まってくる。しかも今年は十年目じゃから例年の比じゃあないぞ」
なら、早いところお知らせしないとね。
「ところが、そうもいかないんじゃよ」
どうして?
「もう近くまで来てるんだよ」
と、リリさんが会話に割って答える。
「遠方の場合それだけ余裕をもって来村するから、明日の鎮魂祭に間に合うよう近くの国に宿を取るんだ。昨日の時点で城下町の宿屋通りは魔族の行列が出来てたよ」
リリさんは最寄りの国で剣術指南役を務めていると聞いている。ならば仕事帰り等で城下町もよく出入りしている筈なので信ぴょう性は限りなく高い。
しかし、過去に悪天候で旅行をドタキャンしたことあるけれど、あれは出発前だったからともかく今回は実質現地入りしている人が大勢居る。今からお知らせして果たして間に合うんだろうか?
「つっても間に合わせるしかあるまい。来訪者には悪いが命優先じゃ。つーことでリリや、休暇に申し訳ないが国王殿へ中止を呼び掛けるよう伝えに行ってくれ」
「しゃーねー」
リリさんは軽そうに言っているが、雰囲気にはしっかり〝不本意〟と出ていた。
明日は世界にとっての終戦記念日で、彼にとっては自身を見つめ直すにこの上ない日。それが準備も進めていたというのに中止となれば、無念極まりないだろう。
けれど、人間である以上自然現象には逆らえない。やるせなさを感じながらも撤収しに広場へ足を向けたときだった。
ふと空を見上げると──、山の向こうから雨雲が迫ってきていた。一瞬嵐の前触れかと思ったが、だったら何故海から来ないのかって話だし、何より嵐雲にしては妙に色が大人しい。
だが、その理由は雨雲との距離が縮まれば分かることだった。
「タケタロウや~」
なんと、雨雲に混じり飛んできたのはアメノコだった。
アメノコが僕の前に着地する。
「ツチノコ獲りで余分に獲れた分をお裾分けに来てみれば、大勢で集まってどうしたというのだ? 海の民も居るし」
お裾分けありがとう後で食べるね。実は赫々鹿々なんだよ。
「なんと、明日に嵐が上陸するとな」
残念なことに鎮魂祭は中止だよ。赫鹿たちもこの通り不貞寝してる。
「明日は魔王が逝き、勇者が遺志を継いだ、云わば歴史の転換点。自然如きに台無しにされては適わん。どれ、ここは儂が一肌脱ごうではないか」
アメノコはそう言うがしかし、雨を生み出すのと消すのとでは雲泥の差があるはずだ。一体全体どうするんだろう?
「それには先ず移動せねばの。そこの海の民よ、儂を嵐地帯の近くへ運んでくれぬか。踏ん張れる場所が欲しい」
「いいよぉ」
海人さんは二つ返事で引き受けるなりアメノコを手に乗せて港を泳ぎ去る。アメノコなら大丈夫だとは思うが無事に戻ってこれるだろうか。
「ちょっと様子見てみるか。ほいっと」
と、村長が宙に開けた穴を村人たちと覗き込めば、ちょうど嵐を前に佇むアメノコと海人さんが映っていた。
荒々しく波打つ海上を前にしてアメノコはラジオ体操をしていた。〝雨神〟の異名を持つだけあって豪雨の中でもへのかっぱのようだった。
アメノコがラジオ体操を終える。
ふぅ~、とアメノコは一度脱力して〝パコパコマンボーダンス〟とブレイクダンスを始める。アメノコが飛行能力を得るに不可欠な雨雲を生成する儀式〝雨雲の舞〟だ(今名付けた)。
その筈なのだが──……。
エエエエエェェェェェェデ!!!!!
ッイヘ、ッイセィデバビエ!
コパコパコパコパコパコパ、ボンマー。
コパコパコパコパコパコパ、ボンマー?
コパコパコパコパコパコパ、ボンマー。
ゲッツ。
ゲッツ。
エビバビポウ、ヘイッ。
ハイッ──!
今回の〝雨雲の舞〟は、何かが違かった。
しかしハイッ! だけは欠かさず躍り終えたアメノコが〝ケツに力を込める〟ポーズを取ると〝雨雲のもと〟を空に放つ──ことはなく。
ゴォォォオオオ──……‼
なんと、見開きページ使うような勢いで嵐を吸い込み始めたではないか。
壮大なラストバトルソングが奏でられそうな雰囲気でみるみると嵐を吸い込んでいく。まるで災厄を封印するかの如き壮観で圧巻なその姿には村人たちも大盛り上がりだ。
そして二十秒後──、そうめんを食べ終えたようにアメノコが吸い込みを終えた瞬間、嵐はパッ──と姿を消したのだった。
アメノコは「ご協力ありがとうの」と乗っていた海人さんの手にツチノコの丸焼きを置いていくと、従来通りの〝雨雲の舞〟を踊り、何処かへ飛び去っていったとさ。
沈黙の後に、誰からともなく村長に顔を向ける。
皆が「鎮魂祭中止」の判断を下した村長の次の言葉を待つ。
そして遂に、千里眼(?)魔法空間を閉じた村長が空を見上げて、口を開いた。
「…………踊 ろ っ か」
僕等は踊り、喜びを分かち合った。
◇ ◇ ◇
一方その頃──、
「雨じゃ~~! 恵みの雨じゃ~~~~‼‼‼‼‼‼」
「雨神さまが御光臨なされた! ろ過装置の増設を急げ!」
「母ちゃん、小籠包飛んでる」
干ばつ地帯を中心に、アメノコは全世界に1時間程度のしとしと雨を降らせていた!
やっぱアメノコさんだよ。
明日最終話は12~13時投稿です。
どうかよろしくお願いします。