第9話:隠れるよ
前回のあらすじ!
エビバギタ!
一分後――、僕たちは隠れ終えた。
僕が隠れたのは掲示板裏の茂み。エっちゃんは葉っぱが緑々茂る木の上に隠れている。他の四人は分からない。
「おー……、おー……、……おー」
声が止むと共に、コウくんが広場の真ん中の地面からのっそり這い上がってきた。
彼は服に着いた土埃を払うと、辺りをきょろきょろ見回し、早速広場脇に生えている、エっちゃんが隠れた木に近付いた。あの子、中々に勘が鋭い。
だがしかしエっちゃんは、木は木でも木のてっぺんに身を潜めている。下から覗いても姿までは捉えられないはずだ。
「おー……」
案の定コウくんは、それが分かって諦めたのか、木陰から出た。
「おー……」
と思いきや、コウくんは身体を宙に浮かせた。
彼はそのまま木のてっぺんに行くと、ガサガサと枝葉をかき分けた。
「おー……!」
「ぶるあぁああああ」
エっちゃんが見つかった。
まさかの展開だった。エっちゃんは最後まで見つからないと思いきっていた僕としては、目の前の光景はあまりにも衝撃的だった。
というか、飛ぶんだ、コウくん。
まあ、いっか。
人だって飛ぶさ。
◇ ◇ ◇
それからはコウくんの独走だった。空樽に入っていたリコちゃん、不自然に重ねられた空箱の裏に隠れていたグラさん、その近くになんかいたリンねぇさん、軒下に隠れていたユイねぇさんの順で、次々と見つけていった。
そして――、
「おー……?」
「たっくん、どこー?」
僕を参加者総出で探すようになっていた。神さまから貰い受けたスキルが作用しているのか、一向に見つかる気配がしない。
やっぱりだ。モンスターだけじゃなく、人にも有効みたい。
一応、はっきりさせておこう。
神さまー。
下りてくるのを待つ……。
下りてくるかなぁ…………。
下りてきたらいいな………………。
『ほいなほいな』
神さまの声が下りてきた。
ねぇ神さま。神さまがくれた能力、人にも有効だよね?
『そうだよー』
どういう人に発動するの?
『昨日言ったけど、モンスター同様、キミに敵意を向けてる人に対してだよー。昨日警戒しながら近付いてきたユイちゃんとか、今やってるかくれんぼの鬼さんとかー』
声掛けたり、触んなきゃ、大丈夫なんだっけ?
『合ってるよー』
じゃあ、実質無敵だね。
見つかるまでどうしよっかなぁ。落書きでもしてよっかなぁ。
『だったら、賭けしようぜ賭け。見つかるまでの時間で。一〇分耐えるごとに十円な』
お金は駄目だよ。
そもそも、お金持ってないし。
『じゃあ何するってんだよー。お手玉? おはじき? メインの会話すぐ終わっちゃってワタシャ暇なんだよー。呼び出した以上はちゃんと構いなさいよちょんまげー』
おはじきかぁ。懐かしいね。
『あ、おはじきやる? 持ってくるよ?』
この村って、おはじきあるのかな? 無いんだったら、作っちゃおうかなー?
『作っちゃえ作っちゃえ。浸透させちゃえ』
ガラスは難しいだろうから、木かなぁ?
『木でもイケると思うよー。木をおはじきサイズに加工してさ、底を真っ平らになるまでやすりでシャーってやすやすすれば、十分ぱぁんって弾けると思うよー』
いいねー。
それからしばらくの間、僕は神さまが持ってきたおはじきをしながら、懐かしい遊びについて駄弁り合った。
◇ ◇ ◇
一方その頃――、
「お?」
掲示板裏の茂みを、暖かそうな光が照らしているのをコウは見た。
◇ ◇ ◇
えい。えい。やあ。
『あ~そうきたか……ならば、こうだ!』
おはじきを始めて十三戦目――。僕と神さまの取り数は拮抗していた。お互い目ざとく最善手を見つけてはふんだくり合う、一進一退の接戦を繰り広げていた。
だが、大騒ぎももう終わり。おはじき大量ゲットチャンスが到来したからだ。神さまはまだそれに気づいてない。
さあ、とどめだ。
『あ、待って人来た。Bye』
――と思いきや。僕が絶望の淵に叩き落としてやろうとしたところで突如神さまはそう言うと、さっさとおはじきを回収して逃げ帰ってしまったとさ。
突然の試合終了に、消化不良に終わった指は空を彷徨う。
僕は行き場を失った熱意を発散できず、途方に暮れながら顔を上げた。
すると、コウくんが僕を見下ろしていた。
…………。
きゃー。
「おー。たっくん、見つかったー」
エっちゃんが、てってけてってけ、と駆け寄ってきた。
見つかっちゃったー。
「くっそー。今回も全滅かー。ワンチャンいけると思ったのに」
グラさんが、後頭部に手を組んで、言う。
コウくん、そんなに強いの? かくれんぼ。
「そうだよー。コウくんね、あっという間に見つけちゃうし、隠れたら隠れたで、大体、時間いっぱいまで、見つかんないのー」
リコちゃんが、得意気に説明してくれる。
「ぶっちゃけ、こいつ以上に強い奴っていないんじゃね。リン、そこどうなんだ」
グラさんが、リンねぇさんに話を振る。
「…………ん……」
「そうか。いないのか」
「なんで分かるんだよ」
ユイねぇさんが、グラさんにツッコむ。
「同い年だから、じゃないっすかね?」
「何その暴論」
にしてもコウくん。なんでえっちゃんが隠れてた木に真っ先に向かったのー? 僕見てたけど、全然地面から顔出ししてなかったし。
「それはね――、」
「うわあ。コウくんがしゃべった」
リコちゃんが驚く。リンねぇさんと同じで、喋るのはかなり珍しいらしい。
「何となく分かるの。かくれんぼしてるとね、歩いてる人とはちがくて、動かないようにしてる人がいるのが」
勘が鋭いんだね。
「それと、エイリさんはいつも高いところにかくれてるし、リコちゃんはいつもなんかの中に入ってるし、ねーたんは必ずグランにぃたんの近くにかくれてるし、そのグランにぃたんとユイさんは身体が大きいからかくれられる場所、すくないからだよ」
皆が空を仰いで、自身のかくれんぼ人生を振り返る。
「…………あー……」
あじゃぱあ。
みんな、思い当たる節があったみたい。
エっちゃんたちの隠れ癖は全部お見通しだった。なんて観察眼だ。
こやつ、できる。
「でも、ろーさんだけ、ぜんぜん分かんなかった。いくら探してもいないし、茂みが光でぱあーってなってなかったら、最後まで見つけれなかったと思う」
光でぱあーっ?
…………どゆこと?
「でも、見つけたんだもんなー」
「コウくん、すごーい」
「…………………………おうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおう」
「ぎゃあ」
コウくんはリコちゃんに褒められて、しばらく黙ると、突然ガクガクとバグり出した。リコちゃんは驚いて後ろに飛び退いた。
そして、リコちゃんが着地すると同時に、コウくんは回転を始め、「シャン」と〇・三秒くらいで最高回転速度に到達して、「ドゥ」と地面に潜ってしまった。
僕はその様を見て、コウくんがどんな気持ちになったのか察した。
あらあら、まあまあ。
そういうところも、姉弟なのねー。
◇ ◇ ◇
「今日は楽しかったねー」
そうだねー。
広場からの帰り道。外はすっかり夕暮れになっていた。
姉弟そっくりなのが分かった後――、しばらくかくれんぼを繰り返した。リコちゃんの言った通り、コウくんは隠れるのも上手くて、十六回目までこちらが降参してようやっと隠れ場所が判明する始末だった。
しかしまあ……、コウくんが言っていた〝光〟って、なんのことだったんだろう?
「あれじゃない? なんかこう……神さま的な高次元的存在がさ、パアーッて下りてきてたんじゃない? わたしは見かけなかったけど」
わあ。
エっちゃん、鋭い。正確には神さまの声だけだけど、神さま関連なところを的確に言い当ててきた。
でも、確かに超人的な動きをしてみせたコウくんなら、なんか一点集中していた太陽光とかの見間違いでもなく、神さまの御光臨が見えていたとしてもおかしくはない。目撃者はコウくんのみなので、真相はコウくんのみが知るところであるが。
まあ、いっか。
「けどまあ、十八回目終わった時のユイねぇとグラにぃの顔、傑作だったねー」
そうだねえ。
十八回目のかくれんぼを終えたところでユイねぇさんとグラさんが発狂しそうになったので、鬼ごっこにチェンジした。えっちゃんとユイねぇさんは狩人をやっているだけあって鬼側も逃げる側も強くて、あまりにも強いものだから、六回目から通れる場所を制限したりと手加減してもらった。僕はというと、鬼側はともかく、逃げる側では神さまがくれた能力で軽く無双した。リコちゃんとコウくんも僕と同じで、鬼では特にぶっとんだことはしなかったものの、逃げる側では小柄を活かし、大人が通りにくい細道に逃げ込んだりして鬼さんを翻弄していた。
「たっくん。グラにぃとリンねぇの評価、忘れてるよ」
……あ。ホントだ。
「忘れないであげてー」
だって、コウくんのキャラが濃いんだもの。
「分かるー」
見た目のこと言うのも悪いからスルーしてたけど、リコちゃんだってびっくりだったのに、コウくんのインパクトが強すぎて、全部持ってかれちゃったよ。
「あー。 たっくん。リコちゃんみたいな子、見るの初めて?」
僕が住んでたところ、ド田舎中のド田舎だったみたいだからなあ……。最寄りの町でも、僕の地元知らないって人、結構いたし。角が生えてる子とは会ったことないや。
「あー……。じゃあ、仕方ないかー」
そだねー。
「ところでたっくん。リンねぇのおっぱい、どうだった?」
エっちゃんが大真面目に訊いてくる。
エっちゃん。唐突が過ぎるよ。既読即返信なんて芸当、僕には難しいよ。
「よくあることだよ。で、どうだった?」
どうって……何が?
「そりゃあ、チョークスリーパーかけられた時さ。おっぱいの感触とか、柔らかみとか、その他諸々エトセトラだよ」
エっちゃんは知りたがりな表情で、僕の返答を待っている。
僕は彼女の期待に応えるべく、当時の背中の感触を思い出してみる。
思い出してみる……。
思い出してるんだよ…………?
思い出せたらいいな………………。
……思い出せなかった。
「あー……。まあ、リンねぇ、着痩せするタイプだからなあ……」
エっちゃんが、残念そうに息を吐いた。
エっちゃん。エっちゃんにとって、胸ってなんなの?
「神の産物」
即答断言大根おろしだった。
エっちゃんは、リンねぇさんの胸をどうしたいの?
「めちゃめちゃに揉みしだきたいし、あわよくば顔埋めたい」
又しても、即答断言大根おろしだった。
エっちゃん。僕は揉んだことはないけどさ。胸だって身体の一部だから、めちゃめちゃに揉んだら痛いんじゃないかな?
「えー? そうかなー」
じゃあ、試してみよう。別のところで。
僕はエっちゃんの二の腕を摘まんで、少しずつ指の力を強めた。
痛い?
「痛くないよー」
もう少し強めてみる。
痛い?
「……痛くないよー」
もっと強く、皮膚を引っ張っちゃうくらいに強く摘まんでみた。
「…………痛い痛い痛い。痛いよ、たっくん」
痛いかどうか訊く前に、エっちゃんがギブアップしてしまった。
本当に痛そうだったので、二の腕を解放する。
痛いでしょ? だから揉むにしても優しく揉みなよ。じゃないと許可貰おうとしても、また痛くされかねないと警戒されて、揉めなくなっちゃうよ。
「えー? でも、お願いしたら、ダメって言われるもーん」
じゃあ、触ってほしくないんだよ。それくらい、デリケートなんだよ。
「そんなー……」
エっちゃんは、見て分かるくらいに落ち込んだ。
一体何が彼女をこんなおっぱい狂信者にしてしまったのか、僕は考えてみた。
そして、分かった。
きっと、甘えたいんだ。僕が来るまでずっと一人暮らしだったから、甘え足りなくて、甘えたがりなんだ。
そうだとしたら彼女は、実は意外と寂しがり屋なのかも知れない。
では、僕はどうなんだろう? お父さんもお母さんもいないけど、寂しくなったこと、あまり無いし……?
…………。
……ああ、そっか。僕には、じいちゃんと、ばあちゃんがいたからだ。だから寂しくなかったんだ。
けれど、彼女には一緒に住むおじいちゃんもおばあちゃんもいない。村の人たちとの仲は良さげだけど、家ではひとりぼっちだったんだ。
…………。
アタタタタタタタタタタタタタタ。
「うわあ。なんだよぉ」
武術だよ。遊びだから、全然痛くないけど。
アタタタタタタタタタタタタタタ。
「やめろこのやろー。アタター」
だったら僕は、エっちゃんが寂しくならないよう、つっぱねられるまでは、一緒にいてあげよう。偽善上等。
アタタり合いは家の前まで続いた。
この後突き指した。




