幼馴染が可愛いすぎて俺の心臓がもたない
「ねぇ、浅井君って彼女いるの?」
ある夏の朝。教室でスマホを弄っていると、俺の2つ前の席に座っていた葵が俺とスマホの間に手を広げて話しかけてきた。
「いない。それより手を退けてくれ。10連ガチャ爆死の瞬間を見届けるんだ」
「自分の死に様を見るのね......ふふっ!」
推しの星5は絶対出ない。そう思って引いてるからこそ、落ち着ける自分が居るんだ。例えそれは、リアルであろうと変わらない。
好きな人とは付き合えない。そう思うからこそ、一周回って開き直れるんだ。
そこで話は変わるが、俺はひとつ、自覚していることがある。それは葵のことが好きである自分が居ることだ。
保育園の時から小中高と一緒に進み、現状の高校2年になって俺は、その気持ちに気付いてしまった。
だが、俺は『好き』なんて伝えられないし、バカ正直に伝えようとする自分を笑う、冷静な第2の俺が忠告をしてくる。
“言えば葵は俺を嗤う” とな。
俺は今まで、遊ぶ時は全力で遊んだし、勉強する時は全力で励んだ。我ながら愚直にやってきたと思うが、葵は違う。
ふら〜っと俺と遊んでは、ふら〜っとテストで高得点を取り。ふら〜っと俺と同じ高校を受験して、受かったのだ。
しかも、あの中学校からこの高校を受験したの、俺と葵だけなんだ。それが少し、俺の心を揺さぶる種となっている。
葵は透き通るような黄金の髪に、見る者の視線を引き寄せるような、曇りのない金の目を持ち、スタイルは抜群、体育以外の成績はオール5という、準完璧超人だ。
これまでに男子に告白された回数は数しれず。だがしかし、成功報告は0件という、難攻不落の要塞でもある。
ああ、こんな奴を好きなった俺の負けだ。戦う前から分かっている。ガチャで推しが出ないのも、好きな人と付き合えないのも、全部が当たり前なんだ。
「うん、爆死完了。これだからゲームはやめられない」
「凄いね。負けると分かっていても突っ込むスタイル、私は好きだな〜」
「はい?」
整った顔立ちで笑みを浮かべ、少し頬を赤らめてから発せられた言葉に、俺の思考は真っ白になった。
......まさかな。
いいや違う。葵の言った『好き』は、likeであってloveではない。たかが言葉ひとつに、自分の願望で解釈するのはやめよう。
でも期待しちゃったな。はぁ。
「どうしたの?」
「い、いんや? 言葉選びには気を付けた方がいいぞと思っただけだ。そんなだから男子に好かれるんだぞ?」
「確かに。あ、その男子には浅井君も入ってる?」
「......入ってない」
「やっぱり? 浅井君、女の子だもんね」
「誰がじゃ!! 俺は男だ。全く......」
クスクスと笑う葵を見ながら、俺はスマホの画面を消した。
数少ない葵と話す機会なんだから、ちゃんと面と向かって話した方が良いだろう。
「それじゃ、席に戻るね! またね〜」
「えぇ......?」
俺が目を合わせた瞬間に立ち去る葵に、呆気に取られた。
もしかして俺、嫌われてる? 顔がグチャグチャだから目も合わせてくれないとか、そんな感じなのか?
何にせよ、葵と話したことは、俺の想いの芽に水をやっただけだ。花が咲くこともなければ実ることもない。ただ無為に腐る根に、怯えて過ごすしかない。
そして放課後。
「浅井君、一緒に帰ろ?」
「なんで?」
「帰り道、一緒だから。話し相手になってよ」
俺の机に鞄を置いた葵は、上目遣いで俺を下校に誘ってきた。
潤んだ瞳を直視してしまい、俺の心臓は祭りの太鼓かと勘違いするくらい、激しく鳴り始めた。
どうしようか。帰り道が一緒......というか、2軒隣の家だから同じなのは当たり前なんだが、下校に誘われたのは初めてだ。
誰かと一緒に帰ったことがないから、更に不安だ。
というのも、意図的に下校時間をズラして、いつもバラバラに帰っているからな。
だって一緒に下校なんて、そんな......恐れ多い。
「な、何を話すんだ?」
「普通、話題を決めてから話す? 面接か何かと勘違いしてるの?」
「いやまぁそう思うかもしれんが......何故に俺と?」
「家が近いから。いっぱい喋れるもん」
もん! もんだと!? そんな可愛い語尾を付けて話すな! 俺の心が悶々とするわ!!!!
オーケー、落ち着け。ここで取り乱せば周囲からの印象も変わってしまう。大丈夫、俺は陰キャだ。暗く、1人で帰るのがお似合いなんだ。
そう思って俺は自分の机の上を見てみると、葵の鞄に着けられた、少し古びた熊のキーホルダーが目に入った。
「......気のせいか」
「何が?」
「何でも。俺は1人で帰る」
俺は急いで荷物を整理すると、小走りで教室を出て、そのまま帰路についた。
「あのキーホルダー......まさかな」
葵が着けていたキーホルダー。俺の記憶が正しければ、あれは小学5年生の頃、葵からのバレンタインのお返しにと、チョコレートと一緒に贈ったキーホルダーのはずだ。
初めてチョコを貰ったからテンションが上がり、チョコとは他に、形が残る何かを贈りたいと思い、ゲームセンターで取った物だ。
確か、チョコも市販の物を溶かして作ったんじゃなく、海外から直接取り寄せたのを使ったっけ。
バレンタインからの1ヶ月間、学校から帰ったら死ぬほどお菓子作りをしていて、全く遊んでいない記憶がある。
でもアレは多分、違うだろう。葵がそんなものを今になっても持っているとは思えないし、当時も喜んでくれなかった思い出がある。
無表情のまま流れるような感謝の言葉と共に受け取られた時の気持ちは、今でも忘れない。
「......あ、ゲームセンター。まぁいいや」
そんな昔の思い出を蘇らせていると、当時キーホルダーを取った、ゲームセンターの前を通った。
......が、少し気になったので、久しぶりに入店した。
「相変わらず子どもに人気だな、ここ」
耳を打ち付ける電子音を無視して店内を見れば、小学生の5人くらいの集団がゲームをやっているところだった。
きっと、あの時の俺も同じような存在なのだろう。
「ああ、あった。シリーズ化されてたのか、これ」
段々と重くなる足を動かし、例のキーホルダーがあったクレーンゲームの台に来ると、今は大きな熊のぬいぐるみに商品が変わっていた。
でも熊の見た目が同じことから、あれから6年、愛され続けた商品だということが分かる。
「懐かしい。ごめんな、喜んでもらえなくて」
あの時の熊に謝罪をしながら100円を入れ、ボタンを押してアームを動かした。
昔はよく、父親と一緒にやったもんだ。お陰で俺は、どのくらいアームが開くさえ分かれば、別角度から見ずとも、狙った位置にアームの爪を降ろすことが出来る。
ピコピコと明るい音で下に降ろされたアームは、俺の予想より少し大きく開き、ぬいぐるみから外れてしまった。
「うん、300円かな」
次でアームの強さを見極め、3回目で獲る。もし3回目で獲れなければ、諦めよう。
再度、ドキドキさせるような曲調と共にアームが開くと、その爪先はぬいぐるみを外し、そのぬいぐるみに付いているタグの輪っかに引っかかった。
「軽いといいなぁ。お前、痩せてるか?」
そんな呟きを零していると、輪っかに引っかかったアームはググッと締まり、そのまま上にもち上がろうとしたが......
バキンッ!!!!
「は?」
なんと、クレーン自体が熊の重みに耐えられず、アームの部分が壊れてしまった。
ポヨンと跳ねてタグの輪っかを体で隠す熊に、俺は溜め息を吐いた。
「はぁ......すみませ〜ん! 店員さ〜ん!」
「はい! どうされまし......た......えぇ?」
台の中が大惨事になっているのを見た店員のお兄さんは、目ん玉が飛び出るくらい驚いていた。
「ぬいぐるみにアームが耐えられませんでした。この景品を置くなら、新しい台の方に置いてあげてください。それじゃ」
「ま、待ってください!」
「はい?」
報告を終えた俺は帰ろうとしたが、店員さんに止められてしまった。
そしておもむろに台の窓を開けた店員さんは、壊れたアームの写真を取り、熊のぬいぐるみを抱きかかえてから俺に振り返った。
「耐えれなかったということは、持ち上げたということです。それなら、こちらの景品はゲットしたことにさせてください」
そう言って店員さんは、俺の手に熊のぬいぐるみを手渡した。
......めちゃくちゃ重い。中身、綿でギッシリ詰まっているな、コレ。
にしても可愛い。俺の感性から見て、この熊は非常に可愛らしい見た目をしていて、実に俺好みだ。まるで、葵みたいな......いや、やめよう。
無意味なことを考えても仕方ない。考えるのをやめよう。
「ありがとうございます」
「はい! 大切にしてあげてください!」
ニコッと微笑んで俺を見送る店員さんは、紛れもない本物のイケメンさんだと感じた。
そうして大きな獲物を持ってゲームセンターを出ると、しょんぼりした顔で前を通り掛かった葵と目が合ってしまった。
「あ! えっ? いや......」
「何1人で演劇してんだ。将来は女優か?」
「ち、違うし! ただ一緒に......」
俺が教室から出た後、何かあったのかと思うくらいに、今の葵は暗い表情をしている。
出来ることなら力になってやりたいが、俺なんかがやったら葵を更に傷つけるだけだ。下手に触れていい問題じゃないと思うから、そ〜っと慎重に行こう。
......我ながら情けない。
「何があったんだ? 歩きながら話してくれ」
聞くだけなら葵も傷つきにくいと踏んだ俺は、鞄を左肩に掛け、右手にデカい熊のぬいぐるみを抱えて歩く。
顔を左に向ければ、あの熊のキーホルダーを着けた鞄が目に入る。
「私ね......好きな人がいるの」
「は?......じゃない。おう、それで?」
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい! 今の俺はもう、死体だ! この先の話を聞けば聞くほど、死体蹴りされる!!!
バカだ。本当にバカだ。下手に触れちゃいけない問題だと分かっていたのに、何で俺は足を踏み入れたんだ!
「それでね、さっき、クラスの子に自分のアプローチと相手の反応について話していたんだけど......『日向さんはその人に嫌われてるのかもって』言われて」
「それは辛いな。それで?」
「嫌われたと思う原因を思い出してみたの」
「いいな。盲目にだった過去を見つめ直したのか」
「うん......そしたら、結構思い当たるとこがあって......」
聞きたくない。自分の好きな人が話す、他の男の話なんて聞きたくない。耳を塞ぎたい。目を閉じたい。口を開きたくない。
俺は今、一生分の後悔をしている。
愚直にも葵の力になりたいと思ったから、自分を傷つけてまで葵の為になるなんて......苦しい。
「......言えるところだけ言ってみな」
「......うん。その人にね、昔、バレンタインにチョコをあげたの」
「うん」
「それで、その人は凄く喜んでくれたんだけど、それっきり口も聞かなくなっちゃって」
「最悪だな。折角のチョコなのに」
「うん。でも、お返しはくれたんだよ? 今までに食べたことない、凄く美味しいチョコと一緒に、このキーホルダーを」
「......ん?」
待て。なんかその話、記憶にあるぞ。
「私、てっきり嫌われたのかと思って、ちゃんと目を見ずに受け取ったの。私があげた時には凄く喜んでくれたのに、私が受け取った時は絶望した表情でどこかに行っちゃったの。あの時かな......嫌われたのは」
「な、なぁ。それってもしかして──」
「君のことだよ、瑠希君」
涙を零す葵の目と合わせた俺は、もう一度、深く後悔した。
「瑠希君......私のこと、嫌い?」
「......」
「ごめんね。嫌いなのに、ずっと一緒に着いて来て。瑠希君の時間、不快にしてごめんなさい」
俺に体向け、頭を下げる葵に対し、俺も今までの葵の行動を思い返した。
今思えば分かることだが、葵は自分から男子に話しかける人間じゃないのに、俺にはよく話しかけてきた。
興味を引きたいからか、俺と葵の間に物があると、葵は自身の体や葵の物を差し込んできた。
今日だって、机の上に鞄を置いたのは、あのキーホルダーを見せるためだったんじゃないだろうか。そう思うと、俺がとった行動こそ、葵を傷つけていたと感じる。
......もっと早く、正直になれば良かった。
「実は俺にも好きな人がいてな。普段は明るくてクラスでも人気があるんだが、妙に男から好かれる奴なんだ。俺は自分から告白しても、きっとスルーされるか笑いの種にされると思って、正直に言えなかったんだ」
ハッキリと言おう。断られてもいい。嫌われてもいい。自分に正直になって、想いを伝えよう。
「葵。好きだ。昔から一緒に居て、遊んでくれるお前が好きだ」
「......え?」
「本心だ。今まで隠してたけど、俺は葵と目を合わせればドキドキするし、手なんか触られた日には心臓が破裂しそうになっていた」
真っ直ぐに目を見て、俺は最後まで勇気を振り絞った。
「好きだ」
俺の言葉を受け取った葵は、ヨロヨロとふらついた足取りで後退りし、目の前の公園の入口にある、逆U字の車止めに腰掛けた。
「う、嘘......」
「本当だ」
「じゃあ、どうしてあの時、口を聞いてくれなかったの?」
「葵へのお返しの為に、ずっとお菓子作りをしていたから。毎日毎日本を読んで動画を見て練習していたから、遊ぶ余裕が無かった」
「それじゃあ、中学の時に志望校を教えてくれなかったのは?」
「照れ隠し。お前は頭が良いから、進学校に行くと思ってた」
「......違うよ、瑠希君と同じ学校に行く為に、必死に勉強したんだよ......」
まさか、そんな理由だったとは。俺は葵が勉強している姿を見たことが無いから、ふら〜っと来たと思っていたが、沢山努力していたんだな。
知らなかったよ。
「それじゃあ最後に、爆死しようと思う」
俺は膝立ちになり、葵より少し低い目線になった。
ああ、口が乾く。心臓がうるさい。耳がキーンとする。心做しか、お腹も痛くなってきた。
でも、これだけは言っておきたい。
「葵、俺と......付き合ってくれるか?」
「うっ、うぅぅぅ!」
葵は、返事を貰う前に号泣してしまった。
そしてジッとその場で葵の目を見て待っていると、葵はその金色の瞳で俺の目を見て、答えた。
「はい。喜んで!」
パッと向日葵の様な笑顔になった葵は、熊のぬいぐるみと一緒に俺を抱きしめた。
「.....俺の心臓、もたない」