開かずの間がある家
あまりに家賃が安い田舎の家には大抵理由がありますね。
トイレが水洗じゃない。という理由で安いなら大丈夫ですが。
地方、それも田舎と呼ばれるところに移住を希望される都会の方が、最近は増えていると聞きます。
緑に囲まれ、川も綺麗。満員電車とは無縁の通勤状況。のんびりとした田舎暮らし。最近ではテレビで山奥に住む人の番組も人気ですよね。
都会の人が憧れる気持ちも分かります。私も都会から田舎に来た人間ですから。
でも、田舎には田舎特有の、都会にはない問題があるんですよ。
今日はそんな話をしましょう。
その話を知って、あなたが田舎に移住することを諦めても責任は持ちませんけどね。
都会の人が田舎に移住しようとすると、問題はふたつあります。
ひとつは仕事。
そして、もうひとつは住居です。
仕事に関しては意外とあります。もちろん都会ほどの高給は望めませんが、意外なことに地方は今、人手不足なんです。なぜだか分かりますか? それは、高校を卒業して製造工場で働く若者が減っているからです。少子化と大学進学。これによって、昔なら高卒の新人が大量に入ってきた有名企業の製造工場でさえ、人を募集しても集まらなくなっているんです。
大手の工場ですらそんな状態ですから、中小企業の人手不足は深刻です。
ということで、仕事は意外とある。
なら問題はというと。住居です。
これだけ空き家があるにも関わらず、田舎で住居を探すのは結構難しいのです。
とくに都会から移住してきた人の希望する物件が本当にない。
マンションタイプでよければ、マクドナルドとユニクロがあるくらいの町であれば探すのには苦労はしません。しかし、都会の人が求める住居は一戸建て庭付。できれば畑がついているなら最高。といったところでしょうか。
もちろん田舎にはそんな空き家が山ほどあります。しかし、田舎の人はなかなか空き家を貸したがらない。
ようやく貸してもいいという人が現れても、一年に一度は中を見せろとか、庭に置いた納屋に物を置いてあるので勝手に庭に入って来るとか、中には子供が都会から帰って来たらすぐに明け渡せと言う人までいます。
結局、田舎の人は全く知らない人に家は貸したがらない。なぜなら、余所者が何か起こせば大家にも責任があると見なされるからです。
Fさんも都会から田舎暮らしに憧れてやってきました。
最初はマンションに入居しましたが、やはり畑仕事がしたいとかで畑付の一戸建てを探してほしいと希望されていました。
私も知り合いに頼んでFさんの希望に合うような物件を探しましたが、なかなか良い物件が出てきません。
それから暫くして、ようやくFさんの希望に沿うような物件が出てきました。
築20年ほどの一戸建て。少し年数は経っていますが、内装はリフォーム済で水回りも新品に代えていました。5LDKで水洗トイレ。少し小さめですが日当たりの良い畑も付いています。
ここまでなら、私も自信を持ってFさんにおすすめできました。
しかし、この物件には、ある問題がありました。
この家は、実は6LDKだったのです。
つまり、この家には、開かずの間があったのです。
「ここが開かずの間らしいんです」
私が案内した開かずの間には、扉に大きな南京錠がかかっていました。
扉といっても大きな引き戸です。
無理やり開けようとすれば、少しだけ引き戸が動き、数センチだけ開きました。
ただ、内部が真っ暗なため、その僅かな隙間から中を覗いても、内部を窺い知ることはできません。
「大家さんが言うには、この部屋には動かせないものがあるから、どうしてもここに置かせて欲しいってことなんです」
「動かせないものって何でしょう?」
Fさんが気にされるものよく分かります。
もし私だったら、自分が住む家に開かずの間があったら絶対に嫌ですから。
でも、大家さんは、その部屋にあるものを絶対に教えてはくれませんでした。
「それが分からないんですよ。大家さんは大した物じゃないと言ってはいましたけど」
「だったら南京錠で施錠なんてしなくてもいいのに。別に触ったりしませんよ。そんなに都会の人が信用できないのかなあ」
Fさんはそう言ってましたが、私の経験から言うと、それはまったく反対の意味だろうと思いました。都会の人が信用できないんじゃなく、都会の人を心配しているのだと。
「これは不動産屋が言うことじゃないのかもしれませんが、やっぱり開かずの間がある家ってのはおすすめはしません。気分がいいものじゃないですからね。もう少し待ってみてはいかがでしょうか」
「そうですね……」
そうしてFさんはその家を諦めました。
しばらくすると、Fさんからもっと条件の良い家を紹介してもらえることになったと聞き、私は知り合いとして良かったなあと思いました。
そして、もうしばらくして、開かずの間がある家に都会から移住してきた人が入居したという話をFさんから聞きました。同じ都会から来たということで、Fさんとはすぐに友達になったようでした。
「あの家に住んでいた人は元気ですか?」
スーパーで偶然会ったFさんに私はあの家の事を聞きました。
すると、Fさんは少し暗い表情で、ぽつりぽつりと話してくれました。
「もう、出ていきましたよ」
「まだ入ったばかりでしたよね」
「はい、3か月も経ってないんじゃないかな」
「なにか、ありましたか」
あの家に入った人(仮にBさんとします)は最初こそ、畑を耕して楽しそうに暮らしていたそうです。一人暮らしのBさんを近所の人達もずいぶんと気遣っていたと聞きます。
しかし、少しすると、まわりが心配になるほどげっそりとやつれていき、終いには畑にも外にも出なくなっていったそうです。
近所の人が心配して、何度も家を訪ねたそうですが、Bさんは大丈夫と言うばかりで誰も家にはあげようとはしませんでした。
そして、ある日、玄関の前で倒れていたBさんを近所の人が発見して、救急車を呼んだそうです。
しかし、入院したBさんは、毎日のようにうなされては「俺が帰らないとあの子が!」と叫ぶばかりで一向に良くなりませんでした。
そして、遠くから両親が迎えに来て、ようやく退院したそうです。
結局、Bさんの両親がその家を解約し、契約していた不動産屋がBさんの残置物を整理することになったようです。
しばらくして、私はその不動産屋に会いました。あの家のことが聞きたかったからです。彼の話はこうでした。
「開かずの間のところに、Bさんが用意したのか、何枚もの皿が置いてあったよ、その上には腐った食べ物が異臭を放っていた。もちろん誰も食べた気配はなかった。しかし不思議なのは、引き戸の隙間から、まるで皿を引き寄せようとしたみたいに、爪で引っ掻いたような跡が何本も残っていたことだ。開かずの間を覗いたかって? そんなことするわけがないだろう」
もし、あなたが田舎に移住を考えているのなら、開かずの間がある家だけはおすすめしません。
最後までお読みいただきありがとうございました。