埴輪、登場①
“ヘーイヘイヘイ・ヘーイヘイ、ヘーイヘイヘイ・ヘイヘイ。ヘイ!ヘイ!”
“ちょっと!あなたナニモノなの?”
頭の中の声は響くのを止めた。
“答えなさい!ここに倒れている子がいるけど、これってあなたのせいなの?”
しばらくの沈黙の後、おもむろに声の主が答える。
“驚いたな、わが声に答える者がこんなところにいようとは?”
“私は、ヒノミコト。あなた誰?”
“私は”
お?すんなり答えてくれるのか?ミコトは息を飲んだ。また統べる者を見守る者、なんて言うんじゃないだろうな。
“ペィ”
は?なんだって?ミコトはもう一度聞き直した。
“私は、ペィ、だ”
まあ、この場合、名前はいいわ。問題は、目の前の子らが倒れている原因だ。
“この子達が倒れている原因は何?あなたがやったの?”
“そうだ。これは、わが力”
“なんでこんなことするかは聞かないわ。とりあえず、この子らを元に戻して”
“それをやるにはやってもらいたいことがある。この近くに私の兄弟がいるはずだが、探してもらえないか?”
“時間がかかってもいい?”
“なるべく早く”
“わかった、探すわよ。それで、どうすれば元に戻るの?”
荒木恵理子が、担任・宮本と五年担任・佐々木を連れて来た。意外に早い到着だった。
「日野さん!状況を説明して!」
「はい、倒れているのは五名。五年生の男の子。けが、出血はありません。意識はあり、起こすと、だる
いと言ってます。緊急処置をする必要はないようです」
「わかったわ、ありがとう」
そういうと、担任・宮本は自身でミコトの情報を再確認した。
“ヒノミコト殿。私を手に持つのだ。そして、寝ている私を起こすがよい”
“それで、君はどこにいるの?”
“そなたの近くの花の上”
ミコトは、やじ馬で騒いでる周りに紛れて、声の主を探した。比較的容易に、ミコトは目的の“モノ”を見いだすことが出来た。それは、人差し指大の、埴輪、だった。それも横になった方が自然な感じの形だった。ミコトは埴輪を手に取った。
“さあ、どうしたらいいの?”
“いま、私は寝ている状態だ、私を起こすがよい”
ミコトは言われるままに埴輪を立てて見た。担任宮本に促され、よろよろと動いていく男の子達。六年担任・宮本と五年担任・佐々木の誘導のもと、倒れていた全員をビニールシートまで連れていき、全員を休ませる。
「単に疲れているだけなら、少し休ませれば大丈夫だから」
“本当にこれで、いいんでしょうね?”
“うむ。わがチカラは疲弊のチカラ。ゆえに我は、ペィ、と呼ばれる。ところでヒノミコト殿、そなたはなぜ、我と話ができるのか?”
“うん、うちに似たようなのがいるからね。君みたいな形じゃないけど”
ミコトは家にある土偶の形を説明する。
“なんと!そなたは姉様を所有する者か。それなら合点が行く。是非、姉様に会わせてくれ”
やれやれ、騒がしいのがもう一体増えるのか?ん?待てよ?さっき兄弟って言ってた?姉様ってソナタのこと?
“君の兄弟の特徴って何?”
“そなた、我をどうやって見いだしたか?”
“なんかヘイヘイ言ってたでしょ?それでわかったよ”
“わが兄弟は、ポゥ、である”
“ポゥ?”
“そう。ポゥ。わが兄弟のチカラは保。今の状態を保つこと。また阿呆の呆でもある。少し足りない点もあるが、わが身近な兄弟。是非見つけ出してくれい”
“だ・か・ら。特徴は何かって聞いてるでしょう?”
“近くに来れば、歌っているのが分かる”
“へえ、なんて歌っているの?”
“奴は、ポゥ、だからな”
“ポッポッポー・ハトポッポー、とか?”
“まあそんなところだ。それではよろしく頼む……”
”あ、ちょっと待って、まだ聞きたいことが”
ミコトの呼び掛けに答えず、依頼だけを残して埴輪の声は聞こえなくなった。ミコトは埴輪を胸ポケットに立てたまま収めた。仕方ない、とりあえず倒れてた奴らの面倒をみるか。ミコトは自分の水筒からチョコを取り出し、寝ている奴らの口に放りこんだ。
「ほら、これ食べて元気だしな」
「ありがとうございますー、日野さーん。元気がでますー」
どこへ行ってたか知らないが、騒ぎを聞きつけて石川平治が戻って来た。そしてミコトの一連の動きを見て、元気であるにもかかわらず、シートに横たわり
「ミコトさーん、俺にもくださーい」
「あれ?君は倒れてなかったでしょ?しょうがないなあ」
ミコトは石川平治の口の中にチョコを入れてやった。石川平治はえへへ、と笑った。幸せそうな笑顔だ。それを見ていた平治の姉は、つかつかと近づき、弟の頭をげんこつでぶんなぐる。
「いてっ!なにすんだよ、姉ちゃん?俺のささやかな幸せ、奪うなよ!」
「こらっ、お前は元気なんだから、そんなことされる必要はないだろ!ミコトもコイツを甘やかすな!」
「まあまあ、カズミちゃん。ヘイジ君には色々やってもらったし、お礼の意味も込めてね」
さらにそれを見ていた上田健太郎と川村幸治も、おもむろに五年のシートに横たわり
「ひのぉ、俺達にもー」
ミコトと石川和美は拳を握りしめ、軽く息で温めると、これでも召し上がれ、と言って二人の頭を思いきり叩いた。それを見ていた校長は、私は止めとこう、そう思った。
五年生の騒動のため、出発が三十分遅れることになった。
「困ったわね!時間が余っちゃった。新入生も、つつじだけじゃ間が持たないみたい。走り回ったりしないようにする方法ないかしら?」
一年・担任の柳生博子は他の先生達と話をしていた。それを小耳に挟んだミコトは、リュックの中から昨日買いこんだものを取り出した。
「先生、これで駄目ですか?」
ミコトが差し出したのは、前日お菓子と一緒に購入した紙風船セットであった。
「四つセットになってるから三人一つでやれば十分だと思いますが、どうでしょう?」
「いいの?これ使わせてもらっても?」
「ええ、こんなこともあるかなと思って持ってきました」
「ありがとう。えーとあなた日野さんね。あの神社の?助かるわあ、ついでに新入生達と遊んであげない?是非」
是非、と言われれば断るわけには行かない。ミコトは新入生の前に出ると、自己紹介をして、自分が持ってきた紙風船の使い方を教えた。自分の息で膨らますこと、あまり強くたたかないこと、この二点を注意して自分で使って見せた。ミコトが紙風船をはじくたび、新入生がおー、おおーと声を上げる。調子に乗ったミコトは四ついっぺんに紙風船をはじき始めた。風が吹いてもなんのその、両手両足右左、自由自在に動かして、風船落とすことはなし。
「と、まあこんな感じで」
そう言って終わったミコトの周りには、新入生がまとわりつき、ミコトおねーさん、もっとやってー、と言ってきた。
「それじゃあ、みんなで一緒にやろう!」
そう言って、ミコトは一年生を輪に並べ、輪の中心に入って一緒に遊んだ。三十分など直ぐに過ぎた感じだった。
「どうですか?いい子でしょう?時々変なこと言ったりするけど」
担任・宮本は得意げだった。
「いいなー、先輩。あんな子がウチのクラスにいたら、すごく助かるのに」
「あんまりうらやましがるんじゃありません、佐々木先生。宮本先生だってあのクラスをまとめるのに苦労してるのよ」
「でも助かっていることは事実ですわ、柳生先生。特に緊急時には。普段はもっとぽーっとしていることが多いんだけど」
「へええ、そうなんですか?全然そんな感じしないんですけど?」
担任達の間で、ミコトの評価はウナギ登りだった。
「さて、五年の男子児童の調子はどうだろうか?」
「一応みんな歩けるようになったようです」
「コースを変えた方がよくないですかねえ?また山越えだと去年の二の舞ですよ」
「そうですね、私校長先生に進言してきます」
「宮本先生、教頭先生にも相談してね」
六年担任・宮本は周りに聞こえないように舌打ちをした。これだから、派閥ってやつはうっとうしい!笑顔の仮面を纏い、六年担任・宮本は教頭に話を持ちかけ、それを校長に上奏した。校長は担任・宮本の案を了承し、全学年が迂回コースを通ることになった。