新顔登場です
校長の長い、退屈な挨拶が終わった。教頭の大号令のもと、一団は学校を出発することになった。どうも二学年づつ、低学年から出発することになったらしい。担任・宮本が一人の女性を連れて来た。
「はい、六年生の諸君、この人が今日君達の引率の先生です。この人の言うことしっかり聞いて、楽しい一日を送ってください。出発まで時間があるので、みんなに挨拶をお願いします」
担任・宮本が連れて来た女性は真新しい、胴体が白で手足が黒のパンダ柄のジャージの恰好をしていた。変な柄だなあ。なんとなくクラスメイトの山口真央に似たセンスだ。外貌を言えば、背が高くすらりとしている。眼鏡を掛けているせいか地味目に見えるが、結構整った容姿をしている。
「ハイ。皆さんおはようございます。今日皆さんの引率をします、五年生担任の佐々木恵子といいます。今日は一緒に遠足を楽しめたらうれしいです」
この人は、始業式の時に見た覚えがある、確か新任の先生だ。五年生の担任だったんだ。宮本先生と比べると、すごく若く見えるけど、頼りなさげにも見えるな。あのメガネのせいかしら?
「さすがに六年生ともなるとしっかりしてますね、先輩」
「このクラスにはしっかり者がいますからね。日野さん、こっち来て。この子が日野さん。うちのクラス委員。例の神社の子。日野さん、挨拶して」
「初めまして、ヒノミコトです。今日はよろしくお願いします」
「初めまして、佐々木です。綺麗な名前ね、美琴だなんて。きれいな音色が聞こえてきそう」
「あの、美しい琴ではなくって、美しい古い都、って書きます。美古都です」
「あらそうなの?ごめんなさい。勘違いしちゃった。でもそちらも素敵な名前ね。歴史の奥行きを感じるわ」
「私は美しい琴、の方が良かったんですが……」
「さあ、名前の件はいいとして、佐々木、後は頼むわよ。解らないことがあったら日野さんに聞いて。それじゃ」
「先生は一緒に行かないんですか?」
「うん、私は途中から。日野さんちまで、ハゲ親父、じゃなかった、校長先生と教頭先生を車で運んで行かなきゃならないから。山登りから一緒になるから」
「先輩、ご苦労様です」
「あーあ、嫌になっちゃうわね、全く」
そう言って、担任・宮本はその場を去っていった。
その場で黙ってるのも退屈なので、ミコトは今日知り合った先生と話をしてみることにした。
「あの、佐々木先生?宮本先生のこと、先輩って呼んでるんですか?」
「そうですよ、私は大学出たての新米教師だから、一番歳の近い宮本先生に色々教えてもらってるんです」
子供相手にそんな丁寧な言葉、使わなくっていいのに。それとも普段からそんな言葉使いなのかしら?
「おーい、先生。五年の子らがバラバラになったぞー」
「え?あれ?みんな、ちょっとごめんね。こらー!ここで待ってろって言ったでしょー」
五年担任・佐々木はちりじりになった児童、ほとんど男子達を追い回した。高橋直樹が遠い目をしていた。そして感想を漏らした。
「あーあ、去年の俺達を思い出すなあ……あの後どうなるか知ってれば、出発前にあんなに騒がなかったのに……」
石川和美も同調した。
「本当だよな……子供って何にも考えてないんだよな。私ら含めて……」
「何言ってるの?高橋、カズミちゃんまで!弟君五年生なんでしょ?去年のこと、ちゃんと話してるの?」
「ああ、あいつ、最近私の言うこと全然聞かないんだ。せっかく人が忠告してやったのに。ミコト、お前が言ったら聞くかもナ?ほら、佐々木先生困ってるぞ、早く助けてやりなよ」
石川和美はニヤニヤしている。どうやら自分ではまるっきり手伝う気がないようだ。ミコトは、両手を腰に当て、しょうがないなあという顔をした。
「おーい、ヘイジくーん!」
ヘイジとは石川和美の弟、石川平治である。姉に似て、小さいけれども元気がいい。初めて石川和美の家に遊びに行ったときに会ったのだ。石川和美がミコトのことを弟に紹介した時に、弟が目を丸くしていた。どうかしたのかと尋ねると、
「だって、転校して来て、一日で学校を締めたっていう鉄拳・日野っていう人でしょう?こんなねえちゃんみたいに小さくって、ねえちゃんよりすごい美人な人が、そんなあだ名つくなんておかしいよ」
「え?どういうこと?石川さん?」
「いや、なんかわかりやすく説明したら、そうなったんだ。でも右ストレートで川村黙らせたのは本当だろ?」
「あれは川村が油断してたからだよ。アイツスカートめくるのに夢中なんだもん」
「やっぱり本当なんですね。川村さんやっつけたっていうのは。俺、あの人嫌いなんだ。体がでかいのにモノ言わせて乱暴したい放題なんだ。やっつけてくれて有難うございます」
「別にやっつけたつもりはないんだけどね」
それ以来、石川和美の弟はミコトのことを実の姉より慕っているようだ。ミコトとしては、慕ってくれるのはうれしいのだが、舎弟の様な感じはいやだなあ、そう思っているのだった。
「ヘージくーん!ちょっとこっち来てー!」
「なんですかー、ミコトさーん」
すぐに石川平治はやって来た。
「あのね、ヘイジ君、今日の遠足は一日中歩き回るんだよ。今からそんなにはしゃぎまわってたら、夕方動けなくなっちゃうぞ。みんなに言って聞かせてよ。今日はおとなしく先生の言うこと聞いておかないとゴールデンウィーク中寝込んでしまうことになるよ」
「わっかりました、ミコトさん。みんなを集めておきます」
そういって、石川平治はチリジリになっている同級生を集め、もとの状態に戻した。
「すごいね、カズミちゃん。弟君、もうクラスメイトを集めて来たよ」
「すごいのはお前の方だよ。私の言うことなんか聞きもしないのに、お前、どんな魔法を使って言うこと聞かせたんだ?」
「ホホエミの魔法、かな?」
「かっこつけるんじゃない!五年の野郎どもが集まって来たぞ」
「佐々木先生、いつ学校を出発するんですか?」
さっきまで走り回っていた五年担任・佐々木は息を切らしながらミコトの方に戻って来た。六年担任・宮本と違って日頃運動をしないタイプのようだ。この人、大丈夫かな?今日、持つかな?
「先生、大丈夫ですか?」
「九時になったら、はーっ、出発、はーっ、します。はーっ、有難う、はーっ、日野さん。はーっ、みん
なを、はーっ、集めてくれて。はあはあ」
「男子を集めたのは、石川君ですし、女子が集まっているのは、彼のおかげですよ。私何にもしてません」
ミコトは五年女子にもみくちゃにされてる柳井圭治を指差した。
「こらー君達、その人から離れなさーい」
五年女子は渋々、柳井から離れた。柳井はよろめきながら六年のところに戻って来た。
「はー、先生、有難うございます。助かりました」
柳井は五年担任・佐々木に礼を言って笑って見せた。
「あなたが柳井くんっていうの?宮本先生から伺ってます。とってもキュートな子がいるって。私、佐々木恵子です。今日はよろしくお願いします」
そういって柳井の手を握って来た。
「佐々木先生ずるーい。ケイジ君人気あるんだよ。勝手に触らないでー」
そう言ったのは、六年生の山口真央である。
「あらごめんなさい。つい手が勝手に」
ミコトは注意を喚起した。
「先生、そろそろ九時ですよ。出発しなくていいんですか?」
五年担任・佐々木は柳井の手を握ったまま返事した。
「そうですね、それじゃあ、私達も出発しましょう!」
「先生、その前に手を離してもらえますか?」
こうして、午前九時、真御坂小学校五年・六年合同遠足隊が出発した。昨年の遠足を知る者はため息をつきながら、知らぬ者は鼻歌を歌いながら。