なにやら不穏な感じです
午前八時二十分。学校に着いたミコトは、クラスメイトみんなに挨拶する。
「みんな、おはよう」
意外にも、この声に反応したのは、ミコトを日頃からライバル視している新田明日奈だった。
「あーら、日野さん。能天気におはよう、だなんて。元気なコトね」
「ああ、アスナ。おはよう。せっかくの遠足なのに、元気ないの?どうして?」
「どうして?じゃ、ないわよ。この妄想能天気娘。周りをご覧よ。嬉しそうなのは去年参加してない、あんたとアイとケイジ君だけだからね?」
言われてみると、確かによどんだ空気が流れている。あの、元気な石川和美でさえいつもと違う様子だ。竹下愛が寄って来た。
「ミコトちゃん、おはよう。良かったー、ミコトちゃんがいつも通りで。他の人、なんか様子がおかしいの」
「アイちゃんおはよう、遠足なんだから、楽しまないとねぇ」
「あんたら二人、アレが始まってからいつまでそんなことが言えるかしら?」
「そうだぞ、ミコト。残念ながら、そいつの言う通りなんだ。朝からあんまり張り切らない方がいいって」
「あー、カズミちゃん、おはよう。ただ山向こうの公園に歩いていくだけでしょ?」
「さすがに年中脳天晴れ女は言うことが違うわね。でもアイは気を付けた方がいいわよ。あんた、去年コレに参加してないでしょ?ミコトに付き合って張り切ってると酷い目に合うわよ」
「そんなことないよ!アスナちゃんはミコトちゃんのこと、悪く言い過ぎ!」
竹下愛の珍しく強い口調に、新田明日奈も少したじろいだ様子だ。
「いや、アイちゃん、アスナの言うとおりペース配分は考えた方がいいよ。今日は一日中歩きっぱなしだし。そのうえで楽しくやれば、いいんじゃないかな?」
「そうだぞ、今回アイが一番ぶっ倒れる可能性が高いんだからな」
周りを見回すと、みんな頷いている。昨年の事情を知らない柳井圭治は、佐藤春人に尋ねた。
「そんなに大変なの?今日の遠足って?」
「ああ、ケイジ君は来たばかりだから知らないよね。ウチの学校、毎年ゴールデンウィークのどこかで歓迎遠足と称して一日中歩くことを強制するんだ。何なんだろうね?疲れるばかりで、残りの休みが台無しになるんだよ。止めて欲しいよ」
「疲れさせるのが目的なんじゃないか?」
と、上田健太郎が横から入って来た。隣では中村大輔が、外を見ながら黙って聞いている。
「ゴールデンウィーク中に子供が家にいたら、親としては邪魔なんじゃないか?」
と言ったのは、高橋直樹だ。
「それさ。動けなくなった子供なんて邪魔でも何でもないだろ?元気な子供が休みの間、じっとしてられるわけないじゃないか。遊園地だ、動物園だ、潮干狩りだのに連れて行かなくってもいいわけさ」
「ケンタにしてはまともな意見だよな」
「省略するなっ、ケンタロウだ」
「面倒くさいんだよなお前の名前。ケンタか、タロウかにしとけよ」
「なんだと、こんにゃろ!」
「まあ、ケンタロウ君、落着いて。今から喧嘩したって疲れるだけみたいだし」
「ケイジ君の言うとおりだよ。今日はなるべく無駄に動き回らないようにしないと」
「ええ?遠足なのに?日頃知らない場所を動き回るから楽しいんじゃないのかな?」
そう柳井圭治が言った時、教室の外からドタバタドタバタ音がしたかと思ったら、少年が一人、息を切らしながら入って来た。
「ああ、今日も間に合ったー」
いつも遅刻寸前で学校にやってくる川村幸治だ。これで男子六人、女子九人の十五人全員揃ったことになる。
「お前、今日アレなのに、わざわざ朝から走ること、ないだろう?」
この場合のアレは遠足のことである。相当口にしたくないのだろう。
「そんなこと言ったって、走らないと間に合わないんだよ。遅刻なんかしたら、お前、アレ食らうことになるぞ」
「アレはみんな見たいじゃないか」
この場合のアレとは、担任・宮本の体罰である。この人の体罰は様々あって、それを見るのが大半のクラス児童の密かな楽しみでもある。最近のヒットは、耳を引っ張ってクラス一周引き廻しの刑というのであった。
川村幸治が教室に入ったということは、すぐにチャイムが鳴り、担任・宮本が入ってくることを意味する。午前八時半。予定調和の中でチャイムが鳴る。
「みんな、おっはよー」
やたら元気な担任・宮本が、真っ赤な全身・腕と足の外側に白いストライプの模様のジャージ姿で勢いづいてドアを開けた。
「おいおい、やたら元気じゃないか?」
「何だか知らないけど、すごく張り切ってるな」
生徒達は先生に聞こえないように囁く。
「今日は楽しい歓迎遠足ですよー。ホームルームはありませーん。校長先生の挨拶があるから、出発の用意をして運動場で待機してくださーい。日野さん、背の低い順に男子左側、女子右側で並べといて。それじゃあ、みんな外に出てー」
そういうと担任・宮本はさっさと教室を離れていった。
「あちゃー、言いたいことだけ言って、出ていったよ」
「とりあえず、運動場に出ようか」
「えー、今来たばかりなのに、もう出ていくのかよー」
「お前は来るのが遅いんだよ」
「そんなこと言ったって、今日休みだから母ちゃんが朝ご飯作ってくれたんだ。食っていかないわけにはいかないだろ?」
「そら、しょうがないな」
「はいはい、喋ってる間に外に出る!」
「ちょっとミコト!何仕切ってるのよ」
話しながらも、ミコト達は運動場に到着すると、担任・宮本の言う通りに背の低い順に並んだ。他の学年も同じように言われているらしく、ぞろぞろと出てきているが、ミコト達ほどには秩序立っていないようだ。学年が低くなるにつれて無秩序ぶりも増していく。さすがに新入生にはその担任がついていて子供たちがばらばらにならない様に引率していた。その様子はカルガモの親についていく子カルガモのようであった。メダカの学校、スズメの学校は聞いたことがあるが、カルガモ学校と言うのは聞いたことがないな、はっきり親子というのがわかってるからかしら?学校というのは家族以外の大人が子供に教える場所と言うことなのかな?ミコトは新入生を目の当たりにしてそんなことを考えた。