ママさん抜きの晩御飯・・・
父親が台所に戻ったのは、ミコトが食事の準備をし終わってから五分後であった。今日の料理はどこかで掘って来たのだろうか?見事にタケノコ尽くしであった。タケノコご飯、タケノコお澄まし、タケノコ煮物、タケノコのマヨネーズ和え。ミコトはお澄ましと煮物を温め直し、ご飯をお茶碗に盛りつけ、マヨネーズ添えを皿に盛り付けた。お澄ましと煮物をテーブルに置いたところで父親が帰って来たのだった。
「ママの具合はどうだった?」
「うん、だいぶ熱があるみたい。測ってみたら三十七度九分あったよ。もうちょっとで四十度だ。着替えして寝かせた」
「病院に行った方がよくない?」
「うん、そうなんだけど。ママは病院に行かないで自分で治す派なんだ」
ミコトは首を傾げて考えた。何がしかの結論が出ると、彼女は父親にそのことを告げた。
「実は、単にお薬と注射が嫌いなだけなんじゃないの?」
父親は、娘の考えた結論を聞いて目を丸くし、その後に笑った。
「ははは、意外とそうかもしれないね。さあ、食べようか」
「いただきまーす」
「いただきます」
「パパ、ビールは飲むの?準備するけど?」
「いや、止めとこう。ママの看病するのに、酔っ払ってちゃだめだからね」
「ふぁふぁ、やふぁふぃーふぇー」
「なに?パパ優しい?夫婦だから当然さ。そんなことより、今日のメニューはすごいね。色味が全部茶色だよ。ママが体調悪い証拠だね。この分だと味付けも相当ひどくなるな」
「そう?この筍の煮物甘くておいしーよ。じゅわあっと煮汁が口の中に溢れてくる」
「そうかい?うわっ、あまぁーい。甘すぎるよ、ミコト」
父親はお澄ましで口直しをしようとした。
「うわ、今度は味が薄いね」
「ふぉお?ふぉふぁんふぉふぁふぇふぁふぁふぉおふぉ、ちょうどよくなるよ」
「何?ご飯を食べたら、ちょうど良くなる?本当かい?」
父親は、今度は筍ご飯を食べてみる。
「うん、これはおいしいね。ちょっと味付けが濃いけど」
「このマヨネーズで和えたのもいけるよ」
ミコトはしゃくしゃくとマヨネーズ味のタケノコを噛みこんだ。うーん、この歯応え、ちょっぴりのほろ苦さ、春の味覚だわ。
「それにしても、このタケノコ、どうしたの?買ったの?貰ったの?自分で取って来たの?」
「自分で掘って来たんだって。昼ごろにふらっといなくなったと思ったら午後のお茶の時間には両手にタケノコ抱えて戻ってきた」
「その時に病気になったのかしら?」
「いや、風邪やインフルエンザというのは、菌やウイルスが体の中に入ってから発病するまでにいくらか時間がかかるんだよ」
「キンヤウイルスって何?」
「菌というのは、そうだね。生命は細胞が集まって出来てるんだけど、細胞一つでできてるのいて生きていける物の一つが菌だ。病気の元にもなったりする」
”ふむ”
「細胞って?」
「細胞は、うん…これも難しいね。生命の基本単位の一つ、と考えて。細胞は遺伝子というものを持っていて、自分と同じものを作ることが出来るんだ。そして自分が古くなって死んでしまっても後に自分と同じものを残せるようにしてるのさ」
「それで、ウイルスっていうのは?」
「うん、ウイルスは細胞ですらなくって、いわば遺伝子だけでできているんだ。遺伝子っていうのは細胞の設計図みたいなものなんだ。細胞は設計図を基にして作られる家ということだな。ウイルスは設計図だけが家から飛び出してるんだ。ウイルスは、自分が増えるためには、他の家に侵入しないと増えることが出来ないんだ。菌にしてもウイルスにしても体に入ってから増殖するまでには時間がかかるのさ」
“なるほど”
「ふぉれれ、ふぉのふらいのふぃふぁんふぁふぁふぁふほ?」
「そうだね、病気の種類にもよるけど、二日間、四十八時間てところかな?待てよ?もっと長かったっけ?」
「ふーん、パパ、お代わり食べる?」
「いや、まだいいよ」
ミコトは自分用にご飯のお代わりをついだ、大盛りで。父親は、娘の体調は万全だな、そう思った。なにしろ普通でもご飯三杯、お腹が減ったよーといった時は五杯は食べるからだ。夕飯前に食べたソフトクリームなんか何の影響もない。一応念のため、娘の体温を測っておいた方がいいのかな?でもご飯を食べたから、体温上がってるだろうなあ、そんなことを父親は考えていると
「パパ、お代わり食べる?」
「ああ、うん貰うよ」
ミコトは父親の分のご飯のお代わりをつぐと、さらに自分の分のご飯とお澄ましのお代わりをした。
「ミコト、平熱はどのくらいだい?」
「平熱って何?」
「平熱っていうのは、体を安静にしたときの体温さ」
「安静って?」
「安静は、体を動かさない状態のこと。ご飯食べた後やお風呂の後なんかも除くな。朝、起きてすぐの状態が一番近いかな」
「測った記憶はないよ」
「そうか、ちょっとご飯を食べた後で測ってみてよ」
「安静でないのに?」
「うん、明日の朝も測って違いを見ておかないとね」
「わかっら、あふぉふぇははふふぉふぉにふふふぉ」
「それはそうと、明日は何時に家を出るんだ?」
「いつも通りだよ。七時半にでないと。あー、明日の朝ご飯とお弁当どうしよう?」
「パパに任せなさい」
「えー、パパ、料理なんかできるの?」
「できるさ。パパは若い頃、一人暮らしをしてたんだ。料理もその時覚えたのさ。それよりミコトはどうかな?カズミちゃんは家で料理をしているそうだよ」
「本当に?それ誰から……ああそうか、カズミちゃんのパパに会ったんだったっけ」
「うん、カズミちゃんちはママがいないので、家事は全部カズミちゃんがやってるんだって」
「本当に?カズミちゃん、そんなこと一言も言ってなかったよ?」
「人にはそれぞれ話したくないことがあるものさ、それが子供であったとしても。ミコトもあまり興味本位で聞いちゃいけないよ。カズミちゃんが自分で話してくれるまで待つんだね」
「うん……わかったよ。ところでパパ、お代わりいる?」
「いや、もういいよ。それより、お茶貰えるかな?」
「うん、今お湯沸かすね」
そう言って、ミコトは席から立ち、薬缶に水を入れ、火にかけた。お湯が沸くまで、ミコトは席に戻り、全部の料理を平らげた。平らげた後でお湯が沸いたので、ミコトは二人分のお茶を用意した。
「私も、ママからお料理習った方がいいのかな?」
「そうだね、でもそれはママが元気になってからだね」
二人はお茶を啜った。
「お、今日のお茶はおいしいね。ミコトはお茶の入れ方が上手になったね」
「たまたまじゃない?」
そうは言ったものの、褒められて悪い気はしないミコトであった。
「さあ、まだミコトは食べるかい?パパはお風呂の準備をするから、もうご馳走さまだ」
「いや、もう満足です。私もご馳走さま。片付けは私がやるから」
「うん、頼むよ」
そう言って、父親は台所から出ていった。