帰ってきたらママさんが病気になっていた
石川和美も家に帰り、車の中は日野一家のみになった。夕闇に覆われている町の通りを、車は道なりに走っていき、やがて両脇を水田に囲まれる農道に入った。餌を啄ばんでいた鷺たちが車の排気音に驚き音の方向を一斉に見やった。
車の中で父親は娘に尋ねる。
「ミコト、アイちゃんのパパは何をしているか知ってる?」
「えーと、確か公務員って言ってたよ」
「カズミちゃんのパパがスーパーの店員で、ウチが神社の神主か。変な取り合わせの三人だね」
「父親の職業はそうだけど、学校では背丈も同じくらいだし、よく一緒にいるよ」
「そうか、背丈が同じくらいのくくりか。キャラクターはそれぞれ違うのに仲がいいのが不思議だなって思ってさ」
「キャラクターって何?」
「その人の性格・特性・個性といったところかな。最近では登場人物のことを指すことが多いみたいだけど」
「同じ性格じゃないから仲良くなるの?似たような性格だから仲良くなるのかと思っていた」
「そういうこともあるだろうね。要するに、人それぞれということかな?」
話しているうち車は農道から山道に入る。街灯はないし、ガードレールもない山道だ。舗装してあるのが唯一の救いか。対向車が来たら、一度大きくカーブするところまで進むか戻るかしなければならない。幸い、夕方以降この道を通行する車は皆無だったので、ミコト達の乗る車はすんなり家にたどり着くことが出来た。
「ただいまー」
元気よくドアを開けるミコト。返事がない。いつもなら、家の中には母親がいて、お帰りー、という返事があるのだ。変だなあ。ミコトは台所に入った。そこにはテーブルに伏している母親の姿があった。
「ママ、どうしたの?気分悪いの?」
母親は頭を上げ、自分の娘を見た。娘は、母の目が少し虚ろだと思った。
「ああ、ミコト、お帰りなさい。あなた達が出かけた後で急に気分が悪くなって。ご飯は作っておいたからそれ食べてね」
父親も台所に入って来た。妻がうつ伏せになっているのを見て心配そうに声を掛ける。
「おい、美鈴?どうしたの?体調が悪いの?」
「ああ、あなた。私、熱があるみたい。悪いけど、先にご飯済ませちゃいました。猫達にも餌あげたから、後は二人で召し上がってください」
「自分で立てるかい?」
「何とか」
「なんだい、ふらふらしてるじゃないか。どら、よいしょっと」
夫は妻を抱え、台所を出ようとしたが、ミコトの方を振り返り、声を掛けた。
「ミコト、ご飯の用意しといて。私はママを寝かせてくるから」
娘の、わかった、という返事もそこそこに夫は妻を抱きかかえ寝室へ消えていった。パパは、恐妻家じゃなくって愛妻家なのね、ミコトは自分の父親を見直した。