パパさんは便利に使われます
家に戻ると、父親が外出する用意をしていた。と、いっても足袋を靴下に履き替えただけだが。ミコトは時計を見た。午後四時五十分だ。自転車で行くと、行きはよいが帰りは坂道で疲れるなあ。おまけに夜道になるし。ここはパパに便乗しちゃおう。
「パパ、どこかへ出かけるの?」
「うん、スーパーにちょっと」
「じゃあ、私も連れてってよ、車で行くんでしょ?」
「うん、何を買いに行くのかな?」
「明日の遠足、お菓子を持っていっていいんだって。アイちゃんとカズミちゃんとで、選びに行くの。まさか、買っちゃだめって言わないよね?」
「まあ、遠足用なら仕方ないね」
母親も会話に参加してきた。
「あなた、買い物に行くんだったら、買い物リスト作るから、それもお願い」
「やれやれ、ママのお使いかい」
「いいじゃない。私はこれから晩御飯作りますから、帰ってくる頃には出来上がってますよ」
結局、父親は買い物リストを受け取った。
「おーい、ミコト。出発するよ」
「はいはーい」
ミコトのウチの車は小型自動車だ。父親は、燃費重視、スピード軽視という性格なのでこれで十分なのだそうだ。ミコトは、そのことに対し特に意見はない。関心がなかったからだ。
「それじゃ、出発しまーす」
「どこへ?」
「どこって、スーパー{エブリィディ}だよ」
「アイちゃんちに寄ってよ。そこでアイちゃんとカズミちゃんを拾っていって」
「三人でお菓子選びかい?」
「うん、そうだよ」
「何だか時間がかかりそうだね?」
話している間に車は山を降りた。目の前には代掻きの終わった水田に夕日が写っており、そのなかで白鷺が群れをなして佇んでいた。
「もうすぐ田植えをするそうだよ、中村のおじいさんが言ってた。ミコトは田植えを見たことないだろう?」
中村のおじいさんとは、神社所有の水田を管理している人物だ。父親はこの人物に作業の一切を任せ、その代わり、収穫を折半することにしていた。この人物の家には今月この人の娘と孫が越してきた。孫はミコトの同級生で、名前を柳井圭治といった……。ミコトが今気にしているヤツである。
「ねえ、パパ」
「なんだい?」
「さっきの話、一日五回は用を足さないといけない、って本当?」
「自分で勘定したことはないかい?」
「ないよ、そんなの」
「人間は、一日を生きていくのに最低限で二リットルの水を必要とするんだけど、そのうち半分以上がオシッコとして使われるそうだ」
「へえ、それで?」
「オシッコを貯めるところを膀胱というんだけど、その袋の大きさは手のひらで二掬い分なんだそうだ」
「二掬い?」
「一掬いは下半分、二掬い目は上半分。合わせて膀胱の量分。一掬いは水だと一合に足りないくらいかな?手のひらっていうのは人の持つ測りみたいなものだな」
「一合って?」
「ああ、一合というのは体積の単位だ。百八十cc、牛乳瓶一本分ってことだ、だからオシッコっていうのは二百から三百ccぐらいかな?もちろん体調や個人差で変わるけどね」
「汚い話だなあ」
「でも大事な話だよ。一日五回オシッコをすれば一から一・五リットルで十分だろ?もっとも、子供は膀胱が小さいからもっと回数が多いかもしれないな」
「水の量を減らせばいいのに」
「それは駄目だな。オシッコは体の毒素を体外に排出するために不可欠なんだ。オシッコするためにヒトは水を飲むと言っても言い過ぎじゃないのさ。ところで」
「何?」
「パパはアイちゃんち、知らないんだけど?」
「ああ、私が案内するから」
そう言って、ミコトは父親を竹下家へ誘導していった。家を出て十分後にミコト達は目的地に着いた。