学校から神社へのお願い事
担任・宮本は思った。意外と読書家なのね、この子は。運動だけが好きなんじゃないんだ。けど、読書だけで目が悪くなったりするかしら?最後に、担任・宮本は窓を見た。
「この窓は東向きですか?」
「そうですけど何か?」
「朝方、このカーテンではきちんと遮光できないんではないでしょうか?それで朝日を目に浴びて目が悪くなっているということも考えられますが」
「ああ、それは考えてませんでしたな。明日にでも取り換えることにします」
いつの間にか、部屋の中に飼い猫の一匹が部屋に入って来た。が、ミコトの後ろに隠れて担任・宮本の前に出てこようとしない。
「あら、日野さん、猫を飼ってるの?」
「ハイ。おスミちゃんです」
担任・宮本はこの黒い猫をみただけであった。先生は猫が嫌いなのかな?
一通りミコトの部屋を見て回ると、担任・宮本はミコト達を連れて居間に戻った。
「それではお父様、最後にお願いがございまして」
再びソファに腰掛けた担任・宮本は父親に対し、こう切り出した。
「はて、なんでしょう?」
「これはクラス担任と言うより、本校からの依頼になるのですが……」
「はい?」
「明日、新入生歓迎遠足という行事が行われるのはご存知ですか?」
「はい、娘から伺っていますが、それが何か?」
「行程といたしましては、小学校からこの山を越えたところのつつじヶ丘公園まで往復約十六キロといったところでしょうか」
「十六キロ!今の子達にそれはちょっと厳しいんじゃないですか?」
「ええ、平地とみなして単純に考えても大人でも四時間はかかりますし、半分以上は山道ですので少なくとも六時間はかかるかと思われます」
「大丈夫ですかな?子供たちの体調は?」
「ええ、私どももその点が心配でして、お願いしたいコトと言うのは」
担任・宮本は一旦話すのを止め、母親が入れ直したお茶を一口啜った。
「こちらの駐車場を教師の待機場所として使わせていただきたいのです。それとこちらのトイレも使用させていただきたいのですが、お願いできますでしょうか?」
父親は即答せず、首を傾けて考えた。担任・宮本はその様子を見て、子の癖は親にあり、と言うのは本当だわ、そう内心で納得した。
「ひとつお伺いしますが、この行事は毎年行われているのでしょう?どうしてもっと早く教えて下さらなかったのでしょうか?」
「申し訳ございません。もっと早くお伝えすべきとは思っていたのですが。こんなに駐車場が広くなっているとは思わなかったものですから」
「あ、いや、先生を責めているのではありませんよ。ただ、こちらとしても準備が必要だと思いまして」
「いえいえ、そちらに準備していただくものは特にございません。許可だけいただければ幸いです。どうでしょうか?」
「解りました。ですが、あくまで参拝客優先ということでよろしいですか。まあ、今時期参拝する人はほとんどいませんが」
「有難うございます。教員一同に成り変わり御礼申し上げますわ」
「それにしても、全部で何名になりますかな?百人はいるでしょうか?」
「そうですね、もう少し少ないでしょうか」
「神社の外のお手洗いだけでは足りないのではないですかな?」
「……そうですね」
「ヒトは、起きている間、最低でも五回は用を足さないといけない、と申しますからな。学校から公園までトイレがありそうなところはウチだけですから、相当混雑することになると思いますが、いかがでしょうか?」
「……おっしゃる通りだと思います」
「どうでしょう、休憩地点としてウチを使っては?」
「……よろしいのですか?」
「ええ、駐車場を使えば四、五十人は収容できるでしょう。ウチについて十分程度休憩を入れて、その間に用を足せばよろしいかと思いますが」
「ご提案、有難うございます。責任者にそう申しておきます。なにしろ私の一存では何も決まりませんので」
「ぜひ、ご検討ください」
「有難うございます。そうなるように尽力いたしますので」
「いやいや、ただの提案ですので、お気になさらぬよう。ところで家庭訪問に関してはお仕舞でしょうか?」
「そうですね、別件のことで長くなってしまって申し訳ありません。そろそろお暇させていただきます」
「どうも御苦労さまでした」
「それじゃあ、日野さん、また明日ね」
「あ、はい。お疲れ様でした。先生はどうやってここまで来ましたか?」
「車で来たわよ。急いで次に行かないといけないので」
「それじゃ、駐車場までお見送りします」
「いいわよ、そんなことしなくっても。それじゃあ失礼します。奥様も、お手間をおかけしました」
「いえ、何のお構いもしませんで。気をつけてお帰り下さい」
「はい、それでは」
そういって、担任・宮本は日野家を出た。断わられたにもかかわらず、ミコトは担任・宮本についていった。
「先生、次はだれの家に行くんですか?」
「名前順だと宮崎さんだけど、先に柳井くんちだね、距離的にいっても。あ、それじゃ、今日はお疲れ様。明日に備えて今日は早く休みなさいよ」
「はい、それじゃ、失礼します」
「バイバーイ」
ぶろろろろーんとものすごい排気音を残して、担任・宮本は車に乗って去っていった。あの人に車は似合わない、と思っていたミコトだったが今の排気音でその考えを改めることにした。