土偶の口癖はうつります
「ごめんね、お仕事の邪魔しちゃって」
ミコトは手に持っていたバケツを置き、転がって来たボールを草履で止めると、爪先で真上に蹴りあげた。真上に上がったボールは膝を曲げた状態のミコトの太腿が隠されている袴の上にふわりと乗った。ボールを追ってきた少年は瞬きすることを忘れ、ミコトの所作を見いる。ボールが滑り落ちようとする前に、ミコトは球体を交互に左右の膝で蹴り上げを繰り返す。両手の指に余るほどの蹴りを繰り返すと、ミコトは今度は少し大きく蹴りあげて、足袋をはいた足の甲でボールを目の高さまで浮かせて見せた。ボールの動きに合わせて、黒猫も飛んだり跳ねたりしている。
片手でも足りるほどの回数を蹴りあげると、ミコトは頭でボールを少年に返した。ボールは、目をまん丸にした少年の前で、止まった。
「それじゃ、私戻るから」
「ちょっと待ってよ、日野さん。どうしてそんなにリフティング上手いの?どうやったら、そんなに上手くなれるの?なんで今まで黙ってたの?」
「一つの問いに答えは一つ」
「じゃあ、なんでそんなにリフティング上手なの?」
「リフティングとは何か?」
「え?ああ、リフティングって言うのは、ボールを地面に落とさないように手を使わないで保ち続けることだよ。今、日野さんがやったみたいな」
「ああ、あれ。小さい頃からパパと一緒に蹴鞠してたからかな」
「ということは、どうやったらそんなに上手くなるかっていうのは……」
「ずうっとやって来たから」
「それじゃあ、どうして今まで黙ってたの?」
「聞かれなかったから。それに……」
「それに?」
「上手か下手かっていうのは人と比べないと分からないじゃない?私が上手って言うより君が下手なんじゃないの?一応気を使って言わなかっただけよ」
「わかってるんだ、僕が下手だっていうことは」
少年はポツリと呟く。
「前の学校でも、言われてたんだ。お前はポジショニングはいいけど、ハンドリングは全然駄目だなって。だからボールの扱いが上手くなるように、練習してるんだ」
「ポジショニングって何よ?」
「ああ、ポジショニングって言うのは試合の時にボールを持ってる人が簡単に貰えるようなところにいたり、逆に相手の人がボール持ってるときにパスを出しにくいところにいたりすることだよ。ああ、ついでに言うと、ハンドリングはボールの扱い方のこと。日野さんはサッカーの試合見たことない?」
「全然。興味ないもん」
「勿体ないなあ。女の子もサッカーやってる人多いのに」
「興味ありません。それじゃ、戻るから」
そう言い残して、ミコトはその場を去った。少年はボールに寄って来た黒猫に聞いてみる。
「君のご主人さまは君みたいな人だね」
黒猫はにゃおおんと答えた。