なべ料理に失敗なし
小鉢料理も揃い、なべ料理の準備も整ったところに父親が帰って来た。
「ただいまー」
「あら、パパが帰って来たわね。材料を全部なべに入れてて、煮え難い物から順番にね」
そう言い残して母親は自分の夫を迎えに行った。遠くで夫婦の会話が聞こえてくる。お帰りなさい、お疲れ様、外寒かったでしょ、そうでもなかったよ、さあさあ、早く着替えて下さいな、そんな声がしていた。煮え難いモノってやっぱりお魚の切り身かな、ミコトはシャケの切り身をなべに投入した。しばらくして白菜、もうしばらくしてその他の野菜をきれいに配置した。後は、お味噌だけだな、どうしよう、自分で入れちゃっていいのかな?そうミコトが思った時、母親が台所へ戻って来た。
「お、全部出来上がったかな?」
「後は味付けだけだよ」
「シャケをいれてどのくらい経った?」
「五分ぐらい経ったかな?」
「それじゃあ、お味噌をいれますか」
母親は味噌を鍋でとき、薬味をいれて、味見をした。
「うむ、まずまずの出来だな」
「まずいの?」
「そんなわけないでしょ。パパはまだ着替えが終わらないのかな?様子を見て来てよ」
元気な返事をしてミコトは台所を出ようとした。ミコトが台所のドアを開けようとした時、ドアが開いた。そこには作務衣に着替えた父親の姿があった。二人は同時に声を上げた。
「「ああ、びっくりしたー」」
最初にびっくりから抜けたのはミコトの方だった。
「いつの間に自動ドアになったかとおもったよー」
「ハハ、びっくりしたかい?済まない済まない。さあ、席に戻って戻って」
父親に体の向きを変えられ、背中を押されて、ミコトは台所にある自分の席に着かされた。開いたドアからは白い方の猫がゆっくりと入ってきた。黙って台所で伏せていた黒い方の猫はごろごろ鳴いて出迎えた。
「全員揃ったね。ご飯の用意はできている?」
「もうできてますよ」
「ほう、今日はお鍋か。温まりそうだね。温まり過ぎないようにビール貰える?」
「ちゃんと用意してありますよ」
そう言って妻は立ち上がり、冷蔵庫からビール瓶とグラスを取り出した。一仕事終えた一家の主は、冷えたグラスを受け取ると泡の出る冷たい飲み物を注いでもらった。注いだ人は、次にご飯を茶碗に盛り、他の二人にわたし、最後にお鍋を食卓の真ん中に据えた。床には猫二匹が首を長くしてご飯が来るのを待っている。猫達の女主人は、キャットフードを皿に入れ、しもべ達の前に置いた。猫達も大人しくいただきますの合図を待っている。
「それじゃあ、全員揃ったところで」
「「「いただきます」」」
んにゃあーご、にゃーご。猫達が真っ先に食いつく。ミコトも負けず劣らずご飯に食らいつく。父親はというと、まずビールで口を湿らせてから、小鉢を突いた。料理をすぐに食べないのは母親だけだ。この人は夫と娘の食べっぷりを確認してから自分の分を食べるのだ。全部おいしそうに食べてくれた時、彼女は幸せになるのだった。彼女は今まさにその状態にいるのだった。