夕食のお手伝い
家に着いたミコトは、飼い猫を小脇に抱いたまま家に入った。
「ただいまー」
「あら、お帰り。おスミちゃんも一緒なの?」
「うん、外にいたから連れて来たの」
「それじゃあ、おスミちゃん置いて手を洗って来て。晩御飯はパパが帰ってからね」
「パパどこへ行ったの?」
「隣町までお仕事しに。あと一時間ぐらいで帰るから。それまで我慢して」
「あと一時間かあ」
「我慢できそうにない?それじゃあホットミルクでも飲む?」
「飲む飲む」
「それじゃあ、おスミちゃんを置いて、手を洗って来て」
「わかった」
ミコトは手洗いから戻ってくると、加熱途中のミルクパンに母親が何か投入しているところを目撃した。
「何をいれたの?」
「砂糖と寒天よ。牛乳だけじゃあ一時間持たないだろうから腹もちを良くするため入れて見たの。よーくかき混ぜて。ハイ出来上がり」
母親はミルクパンからマグカップに中味を注いで、娘に手渡した。ミコトは礼を言って飲んでみる。
「甘くておいしい!」
「ちょっと砂糖を入れすぎたかな?晩御飯前だからあんまり甘くしたくなかったけど」
「いやあ、ちょうどいいよ。このトロトロ具合といい、温度といい、絶品だね」
「ゆっくり味わって飲んでね」
ミコトは一口ホットミルクを口に入れ、その甘みを楽しんだ。
「さっき、ウチの境内でケイジ君がサッカーしてたよ。見てくる?」
「うーん、そうねえ。ご飯の準備があるし。後日の楽しみに取って置きましょ。さてと」
そう言って母親は立ち上がり、流し場の方を向いた。
「今日のメニューは何?」
「今日はお鍋にします。パパが帰ってからすぐ食べられるように、根菜類を煮ておくの」
「何味にするの?」
「味噌味をベースに。胡麻ダレにレモンを絞って薬味を少々。さあさあ準備をするから、お部屋で待ってなさい。お腹空いている時に勉強するとよく頭に入るんだって」
「えー、そうかなあ。お腹が空いていると気になって集中できないと思うけど」
「だからミルクあげたでしょ?それとも、お手伝いしてくれる?」
「なにか手伝えることある?」
「あら、手伝ってくれるの?それじゃサトイモとごぼうと人参、それとレンコンの皮むきお願い。残りはママがやるから」
ミコトは母親の手伝いをすることにした。
「ねえママ」
母娘は手を動かしながら口も動かす。
「どうしたの?」
「ママはドラマ見ないの?」
「ドラマ?テレビの?見ないわねえ。そういう習慣がないから。昔っからそう」
「どうして見なかったの?」
「ママはミコトのひいばあちゃんに育てられたの、知ってるでしょ?ひいばあちゃんはドラマどころかテレビ全然見ない人なの。そんな家庭環境だったからママも見なくて当然だったのよ」
「不満じゃなかった?」
「不満って言うのは人と比べて生まれるモノとそうでないモノに分けられるの。ドラマが見られないっていうのは前者の方」
「後者の方って何?」
「ママは巫女の仕事してたんだけど、失敗するとご飯食べさせてもらえなかったの。アレはきつかったなあ」
「巫女のお仕事、私が失敗したらご飯抜きにするの?」
「まさか、そんなバカなコト、しませんよ。自分がされてつらかったことなんて」
「ママはひいおばあちゃんのこと、怨んだりしたの?」
「そりゃあもう、何度鬼婆呼ばわりしたことか」
母親はクスクス笑った。
「ひいおばあちゃん、私には優しいよ。毎回会うごとに私のコト、おじいちゃんと勘違いするけど。ハルトーって言って抱きついてくるの。私ってそんなにおじいちゃんに似てるのかな?」
「ミコト。人生こそドラマよ。わざわざ作りモノを見なくても、あなたは一つのドラマを見ているのよ。無論、ママにはママの、パパにはパパの、ひいおばあちゃんにはひいおばあちゃんの、それぞれのドラマがあるのよ」
「ふーん。今は許せるようになったんだ」
「まあね。パパとの結婚許してくれたから。あ、皮むきが終わった?そしたら一口大の大きさに切って。そう、それくらい」
一通り根菜類を切り終わると、母親は鍋に水と切ったばかりの根っこ共をぶちこんだ。
「さて。後は煮えるまで、葉っぱものを切っていくか」
母親は白菜一個を手早くざく切りしてトレイに盛りつける。他の葉物も同様に切っていく。包丁使いが終わると、母親はタレ作りに取り掛かる。
「ねえママ?」
「今度はなあに?」
「明日、パパが言ってた巫女修業って、何するの?」
「パパはミコトに何をして欲しいって言ってたの?」
「えーと、今度の秋にウチの神社で神楽を舞って欲しい、って言ってたよ」
「そう、神楽をねぇ……」
「どうしたの?」
「何をするかはパパと相談します」
「まだ決まってなかったの?私ちょっとドキドキしてるんだけど?」
「さしずめドラマの予告編というところかしら?さあさあ、あとは小鉢を作るわよ」
「小鉢って、何作るの?」
「そうねえ、山芋短冊とワカメの酢の物、キャベツとトマトとアスパラガスのサラダ、あとは冷蔵庫にヒジキの煮物があるわねえ。ミコトはキャベツの千切り作って」
今日のところは苦手なピーマンは使われなさそうだ。ミコトは一安心した。