二重会話は疲れます
それは口に出したつもりだった。その声に反応したのか、頭の中にアノ声が響く。
“アカネサスヒノミコトよ、その子か、そなたが気にしておるのは?”
ミコトは突然の“声”に驚いた。声は出さなかったが体が反応した。
「日野さん、どうしたの?大丈夫?」
心配そうに少年は近付く。
「ああ、全然平気。時々こうなるから気にしないで」
ミコトは目の前の相手と、頭の中の声の相手の両方と会話することになった。
“もう、なんでこんな時に話しかけてくるのよ、変に思われるじゃない!”
「日野さん、元気そうに見えるけど、ときどき突然動かなくなることがあるよね」
“ヒノミコトよ、そこはわらわの声が届くところぞ。おまけにそなたはわらわの声が聞こえる時にある”
「ああそれ、何か考えてる、というより空想している時なの。あんまり気にしないで」
“なにこの大事な時に話しかけてくるのよ”
“よいではないか。そなたの目の前におる童は男の子に見えるのだが、どうか?”
にゃおおん。
「ん、どうしたの、おスミちゃん?」
“何バカなコト、言ってるの?男に決まっているでしょ?”
「そのコ、降りたがってるんじゃない?」
にゃおおん。にゃおおん。
“なんと、そなた、男が好きだったのか?”
「ほら、地面に降ろしてみたら?」
ミコトは地面に猫を下す。猫は地に足がついた途端、グルグル辺りを回りだす。
「この子、時々こうなるの。あんまり気にしないで」
「すごい元気だなあ。日野さんみたいだ」
“どういう意味よ?”
「どういう意味よ?」
“そなたのナはヒノミコトではないのか?そのようなナは男に多いナだと思っておった。そうか、そなたは女の童であったのか”
「私を男と思っていたの!」
ミコトは、さっきから、思っていたことを口にしていることに気付いていない。
「そんなこと思ってないよ」
“そうだと思っておった”
「見たらわかるじゃない。日野さんが女の子だっていうのは」
“見てもわからぬ。そなたは男の童だと思っておった”
ミコトは両手で髪をかきむしった。深呼吸して両方に対応する。
「ごめんね、ちょっと黙っててくれる?」
“ごめんね、ちょっと黙っててくれる?”
飼い猫は、動き回るのを止めミコトの足元に寄ってきた。
“おスミちゃんにはわかるのかな?ソナタと話している時に暴れ回っている……ソナタの話も聞こえなくなった……”
再びミコトは猫を抱え上げ、少年に別れを告げる。
「ごめんね、邪魔して」
「もう帰るの?」
少年はまだまだ話し足りなさそうだった。
「邪魔しちゃ悪いからね。じゃあね」
ミコトは猫を抱いたまま少年に背を向け歩き出した。なんか怒らせること言ったかなあ、という少年のつぶやきがミコトの耳に入ってきた。ミコトは振り向きざまこう言った。
「また明日、来る?」
「たぶん」
「そう、じゃあね」
そう言い残して、ミコトは今度は本当にその場を去った。