土偶のヘンテコ能力
いつの間にか背景が白くなった。ミコトの母親も小鹿もいなくなった。土偶のみミコトの目の前にある。浮いているというべきか。
「あれ?みんないなくなちゃった。どうしちゃったのかな?」
「そなたがこの世界の成り立ちを考えたから」
「それで、大分話が逸れちゃったけど」
「何か?」
「土曜日、私は何を、どうすればいいの?」
「そなたは何をしたいのか?支配はしたくないのだろう?わらわは、そなたが何を望んでいるか知りたい。ふたたび、問う。そなたは、何を、望むか?」
あなたは、何を望むか?この問いほど、問われた者を光で照らし、その正体を明らかにする言葉は数少ないだろう。ミコトは思った。私は何を望むの?この問いかけは、私自身を、わたしの知らない私を照らしているのね。この問いかけで、ソナタは私を知ろうとしてるんだわ……
「私、仲良くなりたいの、そいつと」
「仲良く、とな?」
「うん。なんか気になるの。詳しく知りたいの」
「惚れたか、そのモノに」
「よくわからないよ」
「そのモノのココロを支配したくはないのか?」
「それは前にも言ったでしょ?ソナタのチカラを使ってヒトを支配して思い通りになったとしたらつまらないでしょ?」
「つまり、ヒトには見えないところがあるから面白い、そういうのじゃな?そなたは」
「そんなこと、考えたことなかったけど、そう言われるとそうなのかな?」
「先の問いは、そなたに光を当てた。そなたはそなた自らを知ったことになるな」
はっきりと言葉に出すことで、ヒトは自身のココロを奥深くまで照らす。ミコトは考えた。見えないことが面白いのではなく、見えないものがある時突然見えることが面白いんじゃないのかな。私のココロに、自分に見えてる部分と見えない部分があるなんて。もっと見えない部分を知りたいな。他の人はどうなんだろう?他の人……
「そういえば、ソナタはヒミコを知っているんでしょ?どんな人だったの?」
「あの女は」
遠くを見つめるような感じ、とミコトは見たが、実際には土偶。その様なコトが出来るはずもない。
「あの女は、わらわの言うことをよく分かっておった。わらわの言をよく聞き、よく行ってヒトの長たることを得た。あの女はヒトを支配し傅かれるのを楽しんでおった」
「カシズクって何?」
「傅くとは誰かに仕え世話をすること。あの女は安逸な日々を楽しんでいたぞ」
「アンイツって何?」
「安逸とは何もせず気ままに生きること。わらわのチカラを用いてアマサキを語りヒトのココロを動かしていたのじゃ」
「アマサキって何だっけ?」
「そなたの言う、天の未来」
「ちょっと待って!天の未来って、もしかして天気予報のコト?」
「テンキヨホーとは何か?」
「テンキは天の気配、空がどんな様子か、晴れているか、曇っているか、雨が降っているかっていうこと。ヨホーは、ええと、そうだな、今の天気から未来の、例えば明日の天気を当てること、毎日テレビやラジオ、新聞でやっているよ。おっと、テレビは遠くにあるものがここで見える機械で、ラジオは遠くにいる人の声や音がここで聞こえる機械。新聞は毎日の出来事で私達の生活にとって大事なことを知らせる紙。これでわかった?」
「うむ、だいぶわかったぞ。わらわが目覚めておらぬ間に、ヒトが多くの知恵を身につけたというコトが。わらわのチカラは、もはやヒトがすでに持っているのじゃな。ヒトの世も大きく変わったのだろうか?ヤマイやウエ、アラソイ、イクサはなくなったか?」
「ヤマイ、病気は治るものもあるけど治らないものもあるよ。新しく見つかった病気もあるし。でもヒトの寿命は延びているから医学は発達してるんじゃないかな?ウエって言うのはお腹がいつも減っている状態ね?私達はそんなことないけど、他の国ではまだまだ食べ物は足りないところもあるみたい。アラソイやイクサっていうのは戦争のことかな。世界のどこかで戦争は起きてるし、なくなる気配はないなあ」
土偶は、ふーっと息を吐いた、かに見えた。無論そんなことはミコトが感じただけである。
「ヒトは。知を増やしはしたが、その性は変わらず。そういうことか」
うろに風切り音が響くがごとく、夢の中を響き渡ったのは土偶の悲しみか。
「ときに、そなたは童なのに良く世のことを知っているな。新聞とやらのせいか?」
「ううん、私は新聞読まないの。パパがよく私に教えてくれるの。ソナタの言うチカラって天気予報のことだったの?だから外に出しておけって言ってたの?」
「それだけではないが……まあよい。わらわのチカラは今では誰でも使えるというコトじゃな?」
「誰でもっていうわけじゃないよ。天気予報してくれる人がいて、その人達が教えてくれるの。それよりソナタは本当に天気予報が出来るの?」
「それはわらわのチカラの一つなり」
「じゃあ明日の天気はどうなるか、当ててみてよ」
「明日も今日と同じじゃ。ぼんやり晴れが続くぞ」
「そうか、明日も晴れか。じゃあ次の雨はいつ降るの?」
「雨の兆しは未だ現れぬ」
「そう。じゃあ、土曜日や日曜日も?」
「そうじゃ。そなたは土曜日の昼、そなたの想い人と外で会うがよい。そこで天変が起こるであろう」
「テンペンって?」
「天変とは、天の変事。次の土曜は天曜日。天に気を付けよ……」
そう言い残して、土偶は消えた。辺りも暗くなっていき、その暗闇にミコトの意識も溶けこんでいった。