夢ならなんでもできる・・・わけではないようです
「うわ、教室になった!」
「そなたがここを思い起こしたからじゃ。このようなところでそなたは何を学ぶのか?」
「いろいろ、国語、っていってもわからないか、えーとソナタの言う言の葉とか。さっき数の数え方を教えたけど、それを難しくした算数とか」
ミコトは、それは何か、と問われる前に噛み砕いて説明した。
「ここで朝八時半から夕方四時まで同じ年の子らと一緒に勉強するの。時々休憩しながら、ああ休憩は休みのコト」
「その子らの中にそなたの想い人がいる、ということじゃな」
「想い人?それは言い過ぎだなあ。気になる奴ってくらいかな?」
柳井圭治のコトがミコトの頭を過った。すると、教室の中にあの小鹿が現れた。突然教室の中に放り出された小鹿はきょとんとしていたが、辺りを見回すとミコトを見つけた。小鹿はミコトに近づいてくる。この前みたいに辺りを駆け回らないのかな、そうミコトは心配したが杞憂に終わった。小鹿はミコトのそばに来た。
「あら、今日は跳ねまわったりしないの?」
ミコトは小鹿の頭を撫でる。小鹿はおとなしく頭を撫でられていた。
「ねえ、この世界には私以外の人は出てこないの?」
「世界とは何か?」
「もう!世界って言うのはそなたの言う{世}のことだよ。ついでに言っておくと、今は夢の世界、起きている時は現実の世界」
「現実とは何か?」
「あー、現実?えー、夢の反対。そういえば、ソナタ、現実のことをウツツって言ってなかったっけ?」
「うむ。この世界はそなたのココロが生む世界。そなたの知るモノはすべてこの世界に現れる。そなたの知っている人を思い起こして見よ」
「じゃあ、うちのママを」
そう言うと、ミコトは母親のことを思い起こす。母親はいつもの袴姿で宙から現れ、そのまま落下するかと思われた。しかし彼女は上手く体をひねり足から着地した。体操選手というより猫のようだなあ、それがミコトの感想だった。これが父親ならば、びたーんと大の字に落ちていたに違いない。母親は辺りを見回していた。
「あらあら、ここはどこかしら?」
「ママ!」
「あらミコト。ここはどこかしら?」
「ここは学校だよ。授業参観で来たことあるでしょ?」
そういえばそうね、といって母親は娘を抱き締めた。やっぱりいつものママだ。
「ねえソナタ、このママも私のココロが生んだモノなの?」
「何ですか?ミコト、人形なんかに話しかけて?」
「そのモノはそなたのココロが生んだモノ。そなたの知らぬことでそのモノが知っていることを質問してみよ」
「ねえママ、ママはどうして不思議なモノが嫌いなの?」
「馬鹿なことを聞いてるんじゃありません」
「やっぱりいつものママだよ」
「それは、そなたの質問がそなたの答えの出し易いものだからじゃ」
「ミコト、人形と話するんじゃありません」
「どうして?」
「……」
「これ、遮光器土偶っていうんだって。ママ知ってた?」
「そんなの知りませんよ」
「ねえママ、ママの子供の頃ってどんなだった?」
「……」
「ねえソナタ、どうしてママは喋らないの?」
「先ほどからそなたの言う、ママとは何か?」
「しまった、ママって言うのは母親。ついでに言うとパパが父親」
「そなたのママが喋らぬのは、そなたの質問がそなたの知っているママでは答えられない、ということ」
「どういうこと?」
「ヒトを知ることは水面を見るようなもの」
「ミナモってなあに?」
「水面とは水のオモテ。オモテより浅きところは目に見ゆるが、深くなるほどに濁り見えなくなっていく。ヒトも同じじゃ。自分がよく知っていると思っておるヒトでも浅き所を見ているにすぎぬ。深くなるにつれて見えなく、分からなくなるものよ」
「どうしたら見えるように、分かるようになるの?」
「水面に飛び込むがよい。より深く跳びこむほどに見えるように、分かるようになる」
「飛び込む?」
「そのヒトに問いを投げかけるのじゃ。それが飛び込むというコト。言の葉は光なり。そなたの発する光が強いほどヒトの水面を奥深く照らすことができる。今ここにいるママはそなたの分かっているママじゃ。そなたの問いに答えてもらうには、現実の世界でのママに問うがよい」
つまりこれは私が生み出したママだから、私の知らないことを聞いても答えられないのか。