目覚め前
人形にココロがはいってないという話を聞いて、ミコトは{オズの魔法使い}の家来たちを思い起こした。主人公の女の子が元いた世界へ帰る物語だ。そのなかで、臆病なライオンが勇気を、知恵のないカカシが知恵を、そしてココロのないブリキの人形がココロを求める話が組み込まれている。臆病者が勇気を、愚か者が知恵を求めるのはわかる。しかし、ココロのない者がココロを求めるのは変じゃないか。
「ココロのない者がどうしてココロを知ることができるの?それとココロのない者がどうしてココロを知る必要があるの?」
「問いは一度に一つとさきほど言ったはずダガ。マアヨイ、ワラワの声が聞こえるそなたに教えよウ。ワラワは統べる者を見守るモノ」
「それはさっき聞いたよ」
「話を聞かれヨ、統べる者が統べられる者をより滑りやすくするためにワラワはチカラを使ウ。チカラをより使いやすくするため、ヒトのココロをより詳しく知らなければならなイ。ココロのないモノがココロを知るためにはどうすればよいと、そなたは思うカ?」
ブリキの人形の時はどうだったかしら?たしか最後に魔法使いにココロを入れてもらったんだっけ?ココロの入ったブリキの人形は、ココロを持ったヒトの温かさを知ることができた、そんな話だったっけ?
「ココロのないモノがココロを知るためには、誰かにココロを込めてもらう必要がある、とか?」
土偶がニヤリと笑った、そのようにミコトには見えた。ココロがないのに、感情があるのだろうか?ミコトにはわからなかった。
「そなたがワラワにココロを入れヨ、さすれば……」
「さすれば、統べるチカラをそなたに与える、でしょ?いらないよ、そんな面倒くさそうなチカラなんて!」
「ホウ!やはりそう答えるカ。では、こういうのはどうジャ?ヒトのココロを動かすデキコトを先知りたくはないカ?ワラワに与えられたチカラとは、アマサキを読むチカラ」
「アマサキってなあに?」
「そなたの頭の上にあるのがアマ・アメ、そなたの目の前にあるのがサキ」
つまり、アマは天のことで、サキは先ってことか、先面倒くさいなあ。
「ようするに未来がわかるってこと?」
「ミライ、とは何カ?」
「未来っていうのは、ああもう、面倒だなあ、未だ来ず、って書いて未来。これから先起こること、あなたの言うサキってこと」
「この国のコトノハも、大きく変わってきておるのだナ?」
「さっきから、コトノハコトノハ言ってるけど、今ではコトバって言うんだよ」
「フフフ、その調子ジャ、アカネサスヒノミコトよ。ワラワにコトノハを入れ続けヨ。コトノハは積もりに積もってコトタマに」
今度は俳句みたいになっちゃったゾ。
「さっきから、私の名前の上についているアカネサスってなによ?」
「ナニ、気にするナ、それはタダのマクラジャ、マクラを使うことでコトノハの調子を整えるのジャ。そんなことヨリ」
と、土偶は言葉を切った。
「ワラワのチカラはいらぬカ?さらば、そなたと語ることはせぬガ、ドウデアロウ?」
「うーん、スベルチカラなんていらないけれど、あなたの話はもっと聞きたいし。大体、ここは夢の中でしょう?昼間に話せたりできないのかな?」
「ワラワと関わりを持ちたけれバ、ワラワを日と月と星の光にサラセヨ。そこからジャ」
「そこから何が始まるの?」
「何が始まるかはそなたしだいジャ。そなたが何をしたいかにより物語は変わル。それよりも、そなたの足元にいるケモノはナニモノカ?」
土偶はミコトの足元で神妙に構えている小鹿のことを尋ねた。
「ナニモノかって言われても、これは道案内って言われた小鹿だよ」
「今いるこの場はそなたの夢の中」
「やっぱり夢なんだ」
「そなたの夢はそなたのココロから生まれる。すなわち、今のこの場はそなたのココロにあるモノゾ。そなたのココロにあるモノがそのケモノなのジャ。今この場にコジカがいるということは、そなたのココロにコジカがいるというコト。ウツツの中で、何かコジカに関わっているのカ?それともコジカとは何かの変わり身カ?」
うわあ、なんか鋭いぞ、この土偶。それにしてもコイツ、変な言葉使いだなあ。何?ウツツって?ユメかウツツかマボロシか、のウツツってことかな?それで話を合わせておこう。
「ああ、それは」
そう言って、ミコトは寝る前に起こったことを土偶に話した。
「フム、するとそのコジカはそなたの気になるモノのなり変わりなのジャナ、フフ」
「ん?もしかして、今、笑ったの?」
「ワラワはココロなきモノ。ワラワが笑ったように感じたのは、そなたが笑われたように感じたからジャ。ナゼ、そなたはそう感じたのジャ?ン?ワラワに話してミヨ、フフフ」
「いやいや、やっぱり笑ってるでしょ?」
「ココロなきモノに笑いを感じることはない。先ほどからそう言っている」
「本当に?」
「ホントウとは何カ?」
「えーい、面倒くさいなあ。んんと、ホントウって言うのは、ウソの反対。難しく言うと真実。漢字で書くと、本に当たるって書くの」
「ウム、ワカッタゾ。すなわち、ホントウというのはマコトのことジャナ。マコトはマ・コト、真なるコトノハ。コトのモトに当たるというコト。ウソとはイツワリ、偽たるコトノハ。ワラワのコトノハを疑うのカ?」
「そこまでは言わないけど」
「ワラワはヒトのココロの動きを学んでいくモノ。ココロの動きに合わせて話をする。そなたに疑いのココロが生じたワケは何ジャ?笑われたと感じさせた元は何ジャ?何か隠しているのではないカ?」
ぎくっ!なんだか目も開けられないほど後光がまぶしくなってきた。
「そなた、そのコジカのなり変わりが気がかりなのジャ。だからそうしてそなたのユメに出てくル。オモオテおるのジャロ?そのモノを?どうかナ?」
小鹿は先ほどまでとは人が、いや鹿が変わったかのように跳ねまわり駆けだした。
「見ヨ!そなたのココロが乱れた途端に、乱れの元のモノが騒ぎ出ス。ドウジャナ?」
「えーい、もう!わかったわ。認めますよ。確かに気になるコだよ!コイツは!!」
「フム、それでドウジャナ?このコジカのココロを、あー、そなたのコトノハでいう、支配したくはないのカ?」
「えー、さっき言ったでしょ?別に支配なんかしたくないよ」
「では、そのモノのココロを知る、というのはどうカナ?」
ん?顔に何か当たったぞ?
「ココロを知るだけなら、知りたいかな?」
「知ってどうするノカ?」
「え?どうするって……そこまで考えてないけど」
まただ。何か柔かい、棒の様なものが顔に当たってくる。
「気にナル、というのは、好きだということでアロウ?そのモノのココロを奪い、好きにすればヨイではないか?」
「ココロを奪うって惚れさせるってこと?」
「まあそうジャナ。そろそろ別れの時ジャ。ワラワのチカラ、必要ならば、日と月と星のヒカリにワラワをサラセ……」
「あ、ちょっと待ってよ」
ミコトの呼ぶ声にも関わらず、光の中に土偶は消えていった……。