土偶の問いかけ
「そうか、ならば先に問ウ。さきほど問うたが、そなたは何を望むカ?」
「さっきも聞かれたけど、私の望んだこと、聞き届けてくれるの?何か秘密の道具でも持ってるっていうんならともかく、何もできなさそうだけどなあ」
とミコトは挑発してみせた。本当はこんな不思議なモノと話ができることがミコトの望みだった。夢の中とはいえそれが叶ったのだ。これが現実だったら、なお面白いだろうに。そんな思いはおくびにも出さなかった。
「ソナタの望みによル。さきほどそなたに言うたように、ワラワは統べるモノを見守るモノジャ。統べるモノのよきように作られたモノ。そのためにチカラを与えられたモノ」
「チカラって、どんな?」
「ほほう、問いがあるということは、その気があるのかナ?そなたはワラワの声が届ク。ワラワの声はヒトにはマレにしか届かヌ。ワラワの声が届くコト、それはすなわち、ワラワのチカラを使うことができるというコト」
「さっきからあなたの言ってるチカラっていったい何なの?」
「ワラワのチカラはヒトをスベルチカラ」
「だから、どうやって?」
「ヒトをスベルために、ワラワはヒトのココロを惑わス」
「ココロを惑わす?」
「そうジャ、ココロ惑うと、ヒトはナニかにすがりたくなるのジャ。あのオンナもそうやって多くのモノをスベテいタ。ナは何といったカノウ?ソナタのナに似ていたようナ」
ミコトは今日、というより昨日と言った方が正確なのか、配布された教科書をめくった時のことを思いだした。土偶の次に出ていたのは……
「それって、卑弥呼のこと?」
「オオ、そうじゃ、そのようなナであったナ。そなたが知っておるということはヒミコのナはあまねく広がったようじゃナ。そなたはどうしてヒミコのナを知っているのカ?口伝えでもあるのかナ?だとしたら今のオオキミのナも知っているはずじゃナ?」
「口伝えじゃないよ、教科書に書いてあるの」
「キョウカショ……とはナニか?」
「教科書って言うのは……本のことだよ」
「本とはナニか?」
「本っていうのは……紙に文字が書いてあって、その紙を束ねたもの、っていう説明でわかるかな?」
「説明とはナニか?」
「説明って言うのは、そのモノが分かるように詳しく話すこと。本のコトは分かった?」
「フムフム、巻物のようなものなのだな……そこにいろいろなコトが書かれていると。そんなに紙がたくさんあるのか。是非読みたいものじゃ、そのキョウカショとやらを」
「どうやって読むの?」
「そなたが読ム」
「えっ?」
「そなたが読むことでワラワにも伝わる、声に出して読メ」
「えー、なんでそんなことをしなきゃならないの?」
「ワラワのチカラを使いたくはないカ?」
「さっきからチカラ、チカラって言ってるけど、全然見えてこないなあ。どうやってヒトのココロを惑わせるの?」
「知りたいカ、フフ、知りたかロウ、ワラワのチカラを使えばヌバタマのヨをスベルコトができるのだからナ。ヨカロウ、教えてやろウ」
さっきから、何言ってるの?ヌバタマのヨって何よ?
「ワラワのチカラはテンをヨムことナリ」
「テンをヨム?」
「そうじゃ、天を読み、地を知り、気を測ることで人を統べることができるのジャ」
「どうやって天を読むの?」
「ワガミヲ・ヒトツキノ・ヒカリニサラセヨ……」
ああ、このセリフは昼間に聞いたな。やっぱりこの土偶から出てたのか。するとこれはただの夢なんかじゃないの?現実とつながっている?
「要するに、一日中、外に出しておけばいいのね?」
「今ワラワのいるところではヒカリが足りヌ。チカラをあらわすにはもっとヒカリがいるのジャ。もっとヒカリヲ!」
芸術家のようなセリフだなあ。なんだか後光が差してるみたい。
「それで、天を読んだら、どうやってヒトのココロを、えーと、スベルだっけ?スベルことができるわけ?」
「わからぬカ?」
「わからぬよ!」
あらあら、変な言葉がうつっちゃった。
「こんなこともわからぬとは、そなたはやはりワラシよノウ。ヨをスベルことにもその気がないのカ?」
「うん、そんなには……この世を支配して、何が面白いんだろ?」
「ヌバタマのヨをスベレバ、アー、そなたの言う“支配”すれば、そなたの思うがままにヒトは動くのじゃゾ。それでも面白くない、そう言うカ?」
また出て来たよ、なんだヌバタマって?
「自分の思い通りに人が動いたら、全然面白くないよ。思いがけないことが起こるから面白いんじゃないの?」
「ホウ、そなた、ヒトの支配には心ひかれぬカ。あのオンナとは全く異なるのウ」
「あの女って、さっき言っていたヒミコのことね。どんな人だったの?」
「そなたはそういうことに魅かれるようじゃノ。ムカシなど知ってどうするノカ?」
「別にどうもしないわ。ただ知りたいだけ」
「ワラワが知りたいのはそなたのココロ。そなたはワラワのチカラを使う気があるカ?」
「私のココロを知りたがっている、ということは、あなたはヒトのココロを読めないということでしょう?それでどうやってヒトを思うがままにできるって言うのよ?」
「ココロは空に舞うコノハナリ」
「コノハ?」
「そう、木の葉ジャ。空に舞う木の葉はどこに落ちるかはわからなイ。じゃが、下へ落ちることはわかル。風が吹けばその向きに、吹かねば下に落ちるのジャ。ワラワのチカラは、風を起こしてココロを一つの向きへ向かわせることナリ」
なんだか格好いいこと言っているなあ。ココロは空に舞う木の葉か。今度私も使ってみよう。なんだか後光がますますまぶしくなってきた。
「ひとつひとつ木の葉の落ちるところは知らねども、舞い散る先は風の波間に」
後半から和歌みたいになって来たぞ。
「とはいえ、わかりやすいものはわかるゾ」
「へぇ、例えば?」
「ウム、例えば、そなたは腹が空いていル」
そのセリフを聞いた途端、ミコトの腹の虫が大きく鳴いた。晩御飯からそんなに時間が経ったかしら。そう言われれば、お腹が空いている気がしなくもない。
「ドウダ、当たってオロウ?」
「お腹が空いているかどうかなんて、ココロと何の関係もないじゃない」
「そなたは飢えたことがないのカ?飢えはココロをすざまセル」
「そりゃあそうだけどさあ、ちよっと大雑把すぎない?ココロって、もっと繊細じゃないの?」
「ココロとは、さほどにカボソキものカ?」「あなただってココロがあるでしょう?自分のココロを探したらわかるんじゃないの?」
「そなたはワラワをナニモノと心得ル?」
「ナニモノって土偶でしょ?土で造られた人形」
「ワラワはヒトのカタチに作られたモノ。そなたのコトノハでいう人形ナリ。ヒトのカタチをしているがココロは入っていないのダ」