土偶はかく語りき
ミコトは、土偶の話を頭の中で反芻していた。名前をほめられるのはうれしいけれど、美古都って古臭いんだよなあ。古いっていう字がそんな感じにさせているんだな。ママみたいに美琴、って付けてくれたらよかったのに。ママの名前、きれいだよなあ。美鈴、美しい鈴、ミスズかあ。
土偶は、ミコトが黙っているのに構わず話を続ける。
「それで、ヒノミコトヨ。そなたは何を望むカ?」
何を望むか!急にそう尋ねられたら、ヒトは何と答えるだろうか?それは尋ねられた人によって異なるだろう。ある人はお金が欲しいと願うだろうし、別の人は健康を願うだろう。願いはその人をあらわすのだ。さて、ミコトの場合はどうか。
「何を望むかって、あなたの名前は何?ナニモノなの?あなたは、何の」
たくさんの問いを投げかけようとしてミコトは止められた。
「アカネサス・ヒノミコトヨ」
なに、アカネサスって?
「一つの問いに答えは一つジャ。そなた、ワラワにナを問うたナ?ワラワにナはナイ。好きなように呼ぶがヨイ。昔、ワラワに会ったモノ達は、好きなように呼んでいたゾ」
ふーん。なんと呼ばれていたんだろう?
「次にそなたはワラワがナニモノかを問うたナ?ワレがナニモノか、明らかに答えられるモノは、実は少なイ。そなたはナニモノカ?この問いに答えることができるカ?……答えに困ろウ?まあよい、ワラワの声が聞こえるそなたには教えヨウ」
むむ、なんか恩着せがましい言い方だな。
「ワラワは“スベルモノを見守るモノ”ナリ」
ナニ?滑るモノを見守るモノ?スキーやスケートの監視員かしら?でも昔そんなことをやっていたとは思えないし。
「ワラワのチカラは人をマツロワスコト」
また、変な言葉が出て来たよ、マツロワスって何よ?
「イニシエのキミはワラワのチカラを用いて世をスベテいたのジャ」
「うーん、意味が良く分からないんだけど」
「何、わからぬト?」
土偶は目を見開いた、ようにミコトには見えた。実際には、そんなことはなかったのだが。今ここを夢だと認識しているミコトにとっては、そんなことある、のであった。
「わからヌのは、ソナタがワラシだからカノ?それともコトノハが変わったからカノ?」
何?最後のカノって?
「うーん、両方じゃないかな?わかんないけど」
「ナラバ、ワラワからソナタに問ウ。今、世をスベテおるのはタレジャ?今はタレのミヨカ?今もオオキミのヨカ?」
オオキミって何だ?
「さっきから、スベル・スベルって言っているけど、何?スベルって?」
「どうもコトノハを知らぬワラシカノ?スベルとは、スグレタヒトが多くのヒトの上に立つということジャ」
「つまり、支配するって意味?」
「シハイ、というのカ?今のヨでハ?そうか、ならばそなたがコトノハを知らぬのではなく、コトノハが変わった、と見なさなければならぬノ」
「そのコトノハっていうのは、言葉と思っていいのかな?」
「コトノハがコトバに変わったのか?それならばオオキミのナも変わっておろうナ……」
「オオキミって言うのは支配者で指導者ってこと?今はソーリダイジンって言うんだけど、最近毎年代わって困るって、うちのパパ、あ、いや、父親が言っていた」
パパって言っても絶対わからないよな、コイツ。ミコトからコイツ呼ばわりされた“コイツ”はしばらく黙っていた。コイツ呼ばわりした奴も同じく黙っていた。それぞれがそれぞれの考えを巡らせていた。やがて、異なる口から同じ音が飛び出した。
「「それで」」
音が被ったことにミコトは気付いて、続けて、と先んじた。