お風呂上りです
お風呂上がりのホカホカ湯気をあげながら、パジャマ姿を洗面台の鏡越しにみながら、ミコトはつぶやく。お風呂上がりは誰でも美人に見えるなあ。それともメガネをかけてないからかな。洗面所に置いていたメガネをかけ直す。いつの間にか、近くに寄って来た黒猫に向かって話しかけてみる。
「どう思うー、おスミちゃんは?」
黒くて若いこの雌猫は、鳴きながら足元に絡みついてくる。これは遊んで欲しいサインだ、よしよし、ちょっと待っててね。ミコトは居間へ向かった。部屋に入ると父親と母親がまだ部屋にいた。
「パパ、私済んだよ。次どうぞ」
「じゃあ、次入るか」
「ミコト、おスミちゃんと遊ぶ前に明日の準備を済ませてね、今日から学校始まったんだから。それとあんまり長く遊ばないでほどほどにね」
「はーい、それじゃおスミちゃん、行こうか」
ミコトは猫を引き連れて部屋を出た。
ミコトは自分の部屋に入った。部屋には机と椅子、本棚、それとベッドが置いてある。以前友達が遊びに来た時、シンプルな部屋、とか、ファンシーさが足りない部屋と言われたことがある。ミコトはなにもない方がよいと思っていたのだが、とりあえずファンシーさが足りないと発言したファンシーの権威に聞いてみた。
「ファンシーさが足りないってどういうこと?マオちゃん」
「ファンシーさって言うのは、フワフワのぬいぐるみとか、モコモコのクッションとか」
「フワフワのモコモコがファンシーってこと?」
「おい、ミコト、コイツんち行ってみろよ、ファンシーさが部屋いっぱいになって、爆発寸前だぜ、いやもうファンシーのビッグバンやー、てな感じ」
「カズミちゃん、グルメリポーターみたい」
「カズミちゃんひどーい、そんなことないよ、アレくらい普通だよ、普通」
「お前の普通は全然普通じゃないからなー」
「そんなことありません」
二人の友達が言い争っている間に、ミコトは想像していた。フワッフワのぬいぐるみがウサギの形になって増殖していくのを。モッコモコのクッションがモッコモコさを増していき大きくなっていくのを。部屋いっぱいに増殖したフワッフワとモッコモコは廊下に進出し、他の部屋に広がり、やがて家じゅうを占拠し、やがて……。
「おい、ミコト!」
「ん、何カズミちゃん?」
「何?じゃないよ、どうしたんだよ、ぼおっとして、何動かなくなってんだ?」
「あ、ごめん、ぼおっとしてた?今、ぬいぐるみとクッションがどんどん膨らんで、部屋中溢れているところを想像してたの」
「変な想像してるな」
「ミコトちゃんて、たまにそういうとこあるけど、そんな想像してたんだ」
友達に指摘され、ミコトは自分の癖を知った。今、相変わらずぬいぐるみやクッションはミコトの部屋にはないのであった。
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ミコトは部屋を出ていくときに机の上に置いていた人形を手に取った。
「うーむ、ファンシーさに欠けるなあ」
フッワフワのモッコモコとは真反対のモノを見つめると、ミコトは口元を緩めた。足元では黒猫が足を引っ掻いてくる。
「はいはい、ちょっと待っててね」
明日の授業時間割を見て鞄に教科書・ノートを詰めていく。明日の準備を済ますと、そういえば、ラクチョウがドウコウ言ってたっけ、そうミコトは思い返した。一度詰め直した教科書を出してみる。一冊一冊バラバラとめくってみる。とくに抜け落ちているところはないようだ。国語、算数、理科の順で見ていって、社会の教科書をめくり始めた途端に、めくる手が止まった。教科書に載っている写真と寸分違わぬモノが目の前にあった。ただし、写真の方は左足が欠けていた。
「遮光器土偶、かあ」