長過ぎる会話はどこで切ったらいいものか
「ミコト、今いくつだっけ?」
「十一、小学六年生はほとんどそうよ」
「そろそろ本格的に巫女の修行をしてみないか?ママは十二の時に修行を始めたそうだ」
「修行って何するの?山籠り?滝に打たれたり?」
「ああ、これは言葉の選択を間違ったね。修行というと、どうしてもそういうイメージが出てくるね」
「違うの?」
「修行といっても勉強の様なものさ」
「はあ、勉強」
「勉強といっても、机にかじりつくようなものじゃないよ、巫女のしきたりや礼儀作法なんかを身につけて欲しいのさ」
「それだけ?」
「そう、それだけ、といいたいところだけど実はほかにもある」
と父親はあっさり白状した。
「実はね、今度の秋のお祭りの時に神楽を奉納、つまり神楽を舞って欲しいんだけど」
「どうして私なの?ママや他の人じゃいけないの?」
「それは、あれだ。少女が舞う方が、オバサンが舞うより話題性に富むからね。地元の新聞社やテレビ局を呼んで見てもらえば、この村の活性化にもつながるし、ウチの神社も有名になる。一石二鳥じゃないか?」
「そんなにうまくいくかなあ?」
「大丈夫だよ、ミコトさえうんと言ってくれれば」
「誰が神楽を教えるの?」
「大筋はママが、大事なところはママの実家に行って教えてもらう。なに、大事なところなんか二、三時間あればミコトならすぐ覚えられるさ。でどうだい、いやかい?」
「いいわ、パパのためにやってあげる」
「そうか、ありがとう、これで一安心。じゃあ、詳しいことはママに聞いてね」
ミコトは一呼吸して父親に疑問をぶつけた。
「でも、そんなことでウチにヒトが集まるかしら?」
「美少女が巫女装束を纏って神楽を舞う、これ以上のシチュエーションはないよ」
「シチュエーションって?」
「ああ、シチュエーションっていうのはその時の場面とか、境遇とか、状況ってことだ。この場合は人の集まる条件ってことかな」
「私なんかで人が集まるかな?」
父親はびっくりして自分の娘を見つめた。父親の贔屓目を除いても、目の前にいる少女には美という冠を付けるにふさわしいと思っていたからである。丸い大きな目にくっきりした二重瞼、すっきりした鼻筋に整った歯列、笑った時に両の頬に表れる笑窪。泣きそうになると潤んだ瞳まますます輝き、怒ったときにはつりあがる眉と深くなる眉間。相手の言うことを聞き逃すまいとするときのピンと張った耳。全てのバランスが母親譲りである。さらに言えば、母親よりも家庭環境がよいせいか、目付きが柔かい。男は初めて自分の妻に会ったときの回想に入ろうとした。それは彼の娘の呼び掛けによって阻止された。
「パパ?どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ、それよりどうして自分じゃ人が集まらないって思うんだい?」
「私よりカワイイ子、クラスにたくさんいるよ、みんなでやったらどうかな?」
なるほど、この子の周りには美少女に満ちているということか、可愛さとはすなわち相対性だな、そう父親は思った。
「なーに、ヒトを集める神楽を舞うにはカワイサだけじゃだめなのさ。巫女の正統性だって必要だよ」
「はあ、セートーセイ……」
「ミコトはここの神社の子だ、それだけで正統性があるってもんさ。それに加えて、この可愛さ」
父親は娘の頭をさすって告げた。
「ヒトが集まらないわけがない!しかし待てよ」
「どうしたの?」
「娘の可愛さが世間に知れたら、悪い虫もたくさん寄ってきちゃうなあ、どおしよう?」
目の前にいる少女からパパと呼ばれる男はおどけたように、首をかしげて見せた。
「パパって、親バカだね」
「親バカなもんか、正しい認識のもとに、正しい発言をしているだけさ」
「ふーん」
曖昧に返事しながらミコトは言葉を続けた。
「ねえ、聞いていい?」
「何をかな?」
「私は、どうしてパパをパパって呼んでるの?」
「これは、また哲学的な質問だね、パパはなぜパパと呼ばれるのか、ミコトはなぜミコトと呼ばれるのか?どうしてそんなことを思いついたの?」
「うん、自分が考えたことじゃないの。これもアイツが言いだしたことなんだけど、考えたら私も変だなあって思ってきて」
「なんて言われたの?」
「うん、私がパパのことをパパって呼ぶのは変だって」
「どう呼ばれたら変じゃないの?」
「うん、神社の家の子なら、父上とか、お父様とかって」
「そう呼んでもいいんだよ、ミコトの好きなように呼べばいいんだ」
「でも、今さらって感じじゃない?」
「じゃ、今まで通りでいいんじゃない?」
「うーん、そうじゃなくって……なんていうか」
そう言うと、ミコトはまた人差し指をコメカミにあて、脳内での考えを口まで向かうようにとんとんと叩いた。
「パパはどうして私にパパと呼ばせているの?」
「おお、質問が変化したね。どうして私はミコトにパパと呼ばせているか?それは……」
「それは?」
「うちの奥さんが自分の娘からママと呼ばれたがっているから、である」
「何それ?」
「わからなかった?つまり、ママがミコトからママと呼ばれたがっているということさ」
「つまり、ママのせいってこと?」
「ママのせいって言うのはひどいな。ママの意向といって欲しいな」
「はあ、イコウ……」
「ママがどうしたかったかってことさ。ママはね、子供ができたら、その子にパパ、ママって呼ばせたいって言ってたんだ。だからミコトにパパ、ママって呼ばせてるのさ」
「そうだったんだ」
「だから、これからもパパ、ママって呼んでいいんだよ」
そう言った後、少し間をあけてから父親は言い足した。
「でも、そろそろ公の場所では、自分の親のことをパパ、ママって呼ぶのはよした方がいいぞ、マナーとして」
「じゃあ、なんて呼ぶの?」
「うちの父がとか、両親がって言うんだ」
「公の場ってどのあたり?」
「公の場は、そうだなあ、見知らない他人がいるところは大体そうだな。あと知っている人がいてもそんなに親しくない場合も」
「友達の場合も?」
「親友だけならちがうけど、学校なんかではそうもいかないだろ。ウチのなか以外では公の場だと思いなさい、それがマナーというものだよ」
「うん、わかった」
まだまだ素直だな、反抗期はまだ先かな、そんなことを父親は考えていた。
父と娘がいっしょにいる部屋に、足音が近づいて来た。声の主はドアを開けた。
「あなた、ミコトもいるの?どちらでもいいわ、お風呂沸いたので先に入って」
母親の声に反応するように、一緒についてきた白猫が一鳴きした。
「だってさ。どうだい、一緒に入るか?」
「えー、嫌だよ。クラスのみんな、誰も一緒に入ってないよ」
「ウチはウチ、ヨソはヨソさ」
「イ・ヤ・デ・ス!」
「じゃ、ミコトが先に入りなさい」
「うん、じゃあね、パパ」
ミコトは部屋から出ていき、部屋には夫婦が残された。
「あらあら、嫌われてしまいましたね」
「なに、思春期の始まり、の始まりなんだろうさ。口をきいてくれるだけまだましというものだよ」
白猫がまた声に反応して一鳴きした。