パパさんの「不思議」は世間でいう「普通」
「ミコトが生まれてきたこと」
「えーっ、そんなの当然のコトじゃない?パパとママが結婚した、だから私が生まれた、そうでしょ?」
「ヒトは誰でも、自分がこの世界に存在するコトは当然のコトだと思っているのさ。ついでに言うと、ヒトはこの世界で自分は特別な存在であると信じている。他人から見たらありふれた存在なのにね」
「私もありふれた存在なのかな?」
とミコトは尋ねてみた。
「ミコトは特別だよ、特別な存在ができることは不思議なことだと思うんだ」
「パパの言う不思議なコトって、なんかズレてると思うんだけど」
「ハハハ、ミコトの言う不思議なコトって、あれだろ?チョーノーリョクとかシンレーゲンショウとかだろ?パパもそういうの嫌いじゃないよ、そういうの好きだから神主になったんだ。だけど神主になったからといってそういうコトに出会えるわけじゃないんだ。どうもパパはそういうことに縁がないんだな。残念だとは思うけど、自分ではどうしようもないからね。ママはパパのそこがいいっていってくれるんだけど、不思議なことって人生でそうそうあるわけじゃないし」
ミコトは父親のいわば独り言の様な発言を聞いていた。
「私はどうかな?」
父親はぼそっと呟かれたその発言に反応した。
「ミコトはママそっくりだからなあ。パパに似たのは黒髪だけだし、そのうちミコトにも不思議なコトが起きるかもな」
「ママみたいに困ったコトが起こったら?」
「そのときは、パパが全力で守るから、安心しなさい」
ミコトは父親を上目使いで眺めた。
「ママのこともそうやって口説いたの?」
父親は、自分の妻に告白した十数年前に戻った、そんな気がした。初めて会った時の妻にそっくりな、髪の色だけが違うこの子もまた、事実を見ずに真実を見ることができるのか!男の人生にまたひとつの不思議体験が加わった。男は一息、ゆっくりと吐きだした。
「こらこら、大人をからかうんじゃないよ」
と余裕の表情で応じようとしたつもりだった。
「じゃあ、子供だったら、からかってもいいの?」
どうやら自分の娘には動揺はばれなかったようだ。まだまだ子供だな、と少しゆとりができた父親は、その質問を吟味した。
「パパはミコトのこと、からかった覚えはないんだけど?」
父親は探りを入れた。
「さっき、ママに……」
「ママにからかわれたの?なんて言われて?」
「ミコトはヤナイ君に一目惚れしたのかって聞かれた」
「そうなの?」
「ほら、パパまでからかってる」
「いや、からかってるんじゃなくって、聞いてるの、単純に知りたくって、ママもそうだと思うよ」
「一目惚れってどういうこと?」
「一目惚れっていうのは……」
父親は腕を組んでみた。
「初めて出会った瞬間に、心を奪われることさ」
「パパが初めてママに会った時みたいに?」
「それ、ママから聞いたの?」
「違うよ、なんとなくそう感じたの」
父親は両手でおもいっきり頭を掻いた。
「はは、パパの場合はその通り、ママに一目惚れさ、ミコトの場合はどうかな?今朝パパに聞いてただろ?イケてるか、イケてないか?どうだった?」
父親は、自分のことはさらりと流し、自分の娘が今日会ったばかりの少年について語ることを望んだ。ミコトは、腕を半分組み、組んでない右手人差し指をコメカミにあててトントン叩いた。