パパさんも不思議なことが好きなようだ
歯を磨き終わったミコトは、自分の部屋に戻る前に父親のいる居間にいってみた。父親はテレビの電源を入れたまま、帳面とにらめっこしていた。母親からあんなことを言われるまではそうでもなかったが、目の前にいる生き物が、今では牛が座って瞑想しているように見えた。ミコトは声をかけてみた。
「パパー、何してるの?」
牛に見えた生き物は、モー、とは鳴かなかった。
「御覧の通り、どうすればウチが繁盛するか、その作戦を練っているのさ」
良かった、やっぱりパパはパパだ。ミコトは安心して聞き返した。
「ハンジョウ?」
「そう、繁盛、ウチの神社に参拝客がたくさん来て、願いを叶えてもらって、ウチがちょっとだけお布施をいただいて、こうやってみんなが幸せになることさ」
ミコトは、母親には黙っておいたことを父親に聞いてみた。
「ママはどうして不思議なことを好きじゃないの?神社の子で自分も巫女だったのに?」
「ミコトは不思議なモノゴトが好きかい?」
ミコトは辺りを見回して、肯いた。
「はは、ママが聞き耳立ててると思ったの?そんなことはしないよ、ママは」
「あのね、あいつが、ああ、あいつってケイジのことだけど」
「おお、すでに呼び捨てか」
「いいの、本人にも言ってあるから、それでね、あいつがいろいろ聞いてくるの、うちの神社のコト」
「うん、それで?」
「それでね、私、ウチの神社のこと、全然知らないって気付いたの……」
「ああ、それはミコトのせいじゃないよ、パパとママのせい、うん、もっと言うとママのせいだな」
「どうして?」
「ママはあの通り、不思議なモノゴトが嫌いだろ?」
「どうしてママは不思議なモノゴトが嫌いなの?」
「ママは若いころ、不思議なことに悩まされたそうだ」
「不思議なことって?」
「詳しくはパパも知らないんだ、話してくれないし」
「どうして話してくれないのかな?」
「よくわからないけど、ママの主義じゃないのかな?」
「シュギって何?」
「シュギっていうのは、その人が言いたいことやしたいことさ、さっきママが不思議なことは思議するなって言ってたろ?」
「不思議がどうのこうのって言ってたね、よく意味がわからなかったけど……」
「ハハ、わからなかったかい?わからないということは、ミコトの中で、まだ芽が出てないということだな。もう少し大きくなるとわかるようになるさ」
「それもよくわからないよ」
「今はまだ、わからなくてもいいんだよ。それより、ミコトはどうしたいんだい?」
「私、誰かに教えられるくらいには、知っておきたいの、ウチの神社のこと」
「説明できる程度か……、ミコトはウチの神社をどこまで知ってる?」
「名前だけかな?」
「そう、詳しく離さなかったからね、でも話すことがあんまりないのも事実だよ。ちょっとだけ話しておこうか?」
「ちょっとだけ?」
「そう、ちょっとだけ。僕らがここ泉坂神社に越してくる前までは、お年寄りの神主さんが一人で勤めていたんだって」
「小さいからね、ウチの神社」
「その人が亡くなって、誰もここを祭る人がいなくなって、地元の人たちがこれはいかん、ということになって神主をやってくれる人を探したってことさ」
「それがパパだったのね」
「そう、パパはママのおばあちゃん、つまりミコトのひいおばあちゃんから頼まれてここに来たんだ」
「ふーん、それで?」
「それで来てみたはいいけど、パパもこの神社について何にも知らないっていうことに気付いた。ずうっと古文書を調べたり、この地域の言い伝えを調査したりしてたのさ」
「それで、何がわかったの?」
「それがわからないことだらけなのさ。それでパパは考えたんだが、わからないなら創作しちゃおうって」
「大丈夫?そんなことして?バチとかあたらないの?」
「みんなが幸せになることを願うことで自分も幸せになるんだ、そういうことにはバチは当たらないよ。むしろ、バチ、あてて欲しいよ、不思議体験をパパもしたいよ」
「パパも不思議なことが好きなの?」
「そう、だから神主になったんだ、なのに……今まで不思議なことにはほとんど会えてない。今まで出会った数少ない不思議体験のひとつは……」
「何?何?」