日野家の食卓②
父親は一息ついた。
「それでそれで?」
「うん、それでね、練習と本番は全然違ったってことさ」
「へえ」
「大分話が逸れてしまったけど」
今度は父親がミコトに聞いた。
「ケイジ君とは、他に何か話さなかったかい?」
湯呑みを妻から受け取った男は娘からの返事を待った。
「うーん……と、そうねえ」
ミコトはご飯を掻き込み、よく噛みながら思い出していた。
「そうだ、うちの神社は不思議だ、って言ってたよ」
「ほう、どの辺りが?」
「うん、鳥居の形が変だって、そうなの?」
配膳されているものを全て平らげたころを見計らって、母親が冷蔵庫からデザートを持ってきた。
「もうお代わりはいい?それじゃあ、これが最後の一品です」
ガラスの器には白くてどろりとしたものが、黄色がかった白い四角いものを浮かべていた。
「角切りりんご入りヨーグルト蜂蜜がけ、召し上がれ、はいこれはあなたの分」
器を受け取った両名からそれぞれの謝意が述べられた。
「鳥居の形は流派によって変わるんだ。ウチのは鹿島神宮のと同じなんだ。よく気づいたなあ、ヤナイ君は……、ミコトは気がつかなかった?前にパパがいた神社と違うなって思わなかった?」
「全然気にしてなかった、うちの神社について何にも知らないってわかったの」
ミコトは済まなさそうに肩をすくめた。
「いいんですよ、そんなこと気にしなくて。あなたはいっぱい食べていっぱい寝て元気に暮らしていったら、それだけでパパとママは幸せなんですから、ね、あなた」
母親は、自分の夫に軽く目線を送った。
「うん、怒ってるんじゃないよ、そういうことは教えてこなかったから当然のことだ」
「どうして教えてこなかったの?」
ミコトは銀色の匙を持ったまま凝固した。ただ口だけがその凝固から自由であった。父親が喋るより早く母親が口を開いた。
「不思議なモノゴトに囚われて欲しくないから。神社って不思議なモノゴトだらけでしょう?そういうモノゴトに心を奪われると現実のこの世界で幸せになれないの……」
「どうして?」
「心に現れるモノゴトは、現実の世界に影響を与えるの。空を飛びたいと願いが飛行機を生み出したし、末長く健康でいたいという祈りが医術の発達を促したのよ」
「いいことばかりじゃない?」
「心に現れるモノゴトはいいことばかりじゃないの。人が怖いと思っていることが現実になりお化けを生み出したりするの」
「急に例えが雑になったね」
と夫がまぜっかえす。妻はその言を無視して娘に語り続ける。
「それで、昔の偉い先生はこう言ったの、怪しいもの、超能力、混乱したこと、神様、これらのことは語りませんよって」
「子曰く、怪力乱神を語らず、か」
夫の発言はまたも無視された。
「だから、ね。心で思うことは、実際にこの世界で私達が幸せになれる可能性があるモノゴトだけにしておくの。ヤナイ君みたいに、サッカー選手になりたいって思うコトみたいに。いい、ミコト?不思議なコトは思議すべからず、よ」
「シギって何?」
「シギ、とは思い考えることだ。不思議なモノゴトは考えちゃいけませんって言ってるのさ。ここ神社なのにね」
「あなたはここをどうやって繁盛させるか、それだけを考えてればいいんです」
と妻からやんわり諌められ、夫は息をついた。
「そうだね、それじゃ繁盛するために対策を考えるとするかな。それじゃ、ご馳走さま」
ミコトは、台所を出ていく父親を目線で追っていった。そして父親が台所から遠ざかっていくのを足音で確認すると、母親に尋ねた。
「ねえ、パパ怒ったんじゃないの?」
「パパはあんなことでは怒らないの。大丈夫よ、安心しなさい。それより食べ終わったのなら片付け手伝って」
「うん、ごちそうさまー、おいしかったー」
「そう、よかった」