転入生君はニブチンのようだ
少年は、大きく瞬きをした。
「お父さんのこと、パパって呼んでるの?似合わないなあ。君のお父さんってここの神主さんでしょ?昨日会ったけど、とてもパパって呼ばれてるようにはみえなかったな」
ミコトは、君と呼ばれたことに内心びっくりしたが顔には出さずにこう言った。
「どんなふうに呼ばれていると思った?」
「そうだね、父上、とか、お父様、とかかな。これって偏見だね」
そう言った後、少年は周りをきょろきょろと見回した。
「この神社には不思議なところがある。これは偏見じゃないと思うよ。なかに住んでるとわからないかもしれないけど」
「へえ、どの辺が?」
「日野さんと話す前から、なんか視線を感じるんだ」
そりゃ猫のおスミさんの視線だろう、ミコトはそう思ったが黙って聞くことにした。
「もし神様がここにいるのなら、僕の願い事、聞いてくれないかなあ?ここの神社ってどんな願い事を聞いてくれるの?」
この少年の口から、願い事という言葉が出てくるとは、ミコトは考えもしなかった。学校での挨拶はそつなくこなしていたし、神頼みをするような性格には見えなかったから。
「がっかりさせるかもしれないけど」
とミコトは断りを入れた。
「叶えられる願い事、まだ決まってないの」
「ん?どういうこと?」
「あのね、うちの神社ね、うちの家族が引っ越ししてくる前はすごくさびれていて人気のないところだったの。それでうちのパパがそれじゃいかんということでここにきて、お金をかけて大改造したの」
ミコトの目の前に立つ少年が夕映えに照らされて徐々に蜜柑色になって来た。
「それでね、外側は出来上がって来たけど、肝心の中身がね、まだどうするかきめてないんだって。だから今のところ祈ってもご利益はないと思うよ」
少年は納得がいったようだった。
「道理で広場のの石畳は新しいのに鳥居は古そうなわけだ。鳥居にまではお金が回らなかったのかな?」
「もう帰らないと真っ暗になって危ないよ」
ミコトは蜜柑色に染まっている少年に帰宅を促した。
「わかった、もう帰るよ。これからよろしく、日野さん」
「ミコト、でいいわよ。私も君のこと、ケイジって呼ぶから」
ボールをネットに入れていた少年は、一瞬体を止めた。
「いやあ、女の子をファーストネームで呼ぶのは、どうかと」
「なら好きに呼んだら?」
「うん、じゃあ日野さん、また明日、学校で」
そう言って坂を下りて行った。ミコトは暗がりに消えていく少年の後ろ姿を見守り、そして独語した。ミコト、って呼んでいいのに……