もしかして、転入生君もお仲間(不思議モノ好き)?
事実、ミコトは帰りが遅くなったある日、真っ暗な坂道を上って帰ったことがあった。暗いと自然に足取りも悪くなる。おまけ道路回りの木々が夜空より暗い色をしていていかにも悪しき霊達が潜んでいそうで、そのときは遅く帰ったことを心から反省した。その反省も含めたミコトの忠告を聞いて、少年は目をまん丸にして、ミコトに尋ねて来た。
「やっぱり神社の近くって、出たりするのかな?」
「出たりするって、何がよ?」
「そりゃあもちろん、天狗とか妖怪とか、お化けとか」
「いるわけないでしょ、今の世の中にそんなもの」
ミコトは言った。自分自身は“そんなもの”がいて欲しいと思っているにもかかわらず。
「今の世には、か。じゃあ昔の世にはいたのかな?」
と切り返してきた。
「昔はいたのに、今はいないっていうのは変だよね?昔からいなかったって言うか」
言葉を続けようとしたが、その後をミコトが継いだ。
「または、今でもいるって言いたいんでしょ」
少年は、うれしそうに肯いた。
「日野さんちは神社だから、そういうの詳しいんじゃない?」
ミコトは思った。家が神社なら不思議なコトに詳しいっていうのなら、お医者さんちのコは病気に詳しいし、学校の先生を親に持つコは勉強ができることになる。スポーツ選手の子供は運動神経抜群という例は、多々あるようにも思えるが。不思議なコトは、起こればいいなとは思っているが、実際に目の前で起きたことは一度もない。そうミコトは思っていた。思いこんでいた。なにしろ、空想がすぎるので母親に何度も注意されているのだ。
「馬鹿なこと言ってるんじゃありません。そんなことが起きるわけないでしょ、それより、パパの手伝いがあるんでしょ?」
と。何度も言われているうちに、不思議なことは想像でしか起こらない、と思うようになってきた。でも、ミコトは思う。どうして私は不思議なことが好きなのかしら?不思議なことが起こってほしいと思うのかしら?ミコトの想いは、向かい合う少年の呼び掛けで止められた。
「あの、日野さん?僕の話、聞いてた?」
「……ごめんね、ぼーっとして聞いてなかった」
「何か考えごとしてた?」
「気にしないで、私の癖なの、時々動かないようになるんだって。で、何の話だっけ?」
「ここの神社は不思議だなって思うんだ」
「へえ、どの辺が?」
「あの鳥居さ」
少年は、夕映えに染まった木の柱を指差した。
「鳥居には、その神社の名前が書いてある額が飾ってあるのに、ここにはないよね。それで鳥居の形が開くって字の門の中味のような形になってるんだ。おかしいと思わない?」
ミコトはこう問われて戸惑った。ここに引っ越ししてきて約一年。そういえば他の神社に行ったことがない。前に住んでいたところは、普通のお家だったし……。自問自答の無限ループに落ちる直前でミコトは踏みとどまった。
「うちの鳥居ってそんなに珍しいの?これが普通と思ってた」
「中にいる人には、その不思議さがわからないってことかな?ここの神社って、名前はなんていうの?日野神社っていうの?ご神体は何?」
ミコトはまたも答えに詰まった。そういえば、私、全然神社のこと知らないや。自分の住んでるところなのに。どうしてだろう、なんで今まで関心なかったのかしら?ミコトは首を傾げた。
「名前は、いずみのさかって書いていずみさか、泉坂神社っていうの。坂の途中にあるから後ろの坂はわかるけど、前の泉は何だろうね?泉なんかないのに。それとも村の名前の真御坂からきてるのかしら?」
「イズミサカ神社か。日野神社じゃないんだ。なんだか呼び難いね」
「他のみんなは、単に神社、って呼んでるみたい。いいんじゃない?好きに呼べば?」
「それで、何が祭ってあるの?」
「ごめんね、私も詳しくは知らないの。うちのパパに聞いてみる?」
と、ミコトは何気なく返事した。すると、ミコトの正面にいた少年は、口をあんぐり開けていた。
「どうしたの?面白い顔してるよ」