埴輪釣り大作戦
ミコトは一昨日友人と交わした約束の場所にいた。山口真央の家である。友人がいないかと思ってミコトはチャイムを押してみたが返事がなかった。やはりスケジュール通り本日も外出のようである。時刻は約束した時の五分前であった。
前日に降った雨は大したことはなく、村においては草木を湿らす程度のものであった。家を出る前に、ミコトは土偶に確認する。こんな雨でも、ピの病を作る機になるの?表面が湿る程度でも機になる、と聞いたことがあるとの回答だった。誰がそんな物騒なものを作ったか知らないが、そんなものは早く回収してしまうに限る、そう決意したミコトであった。今日はひょっとしたら走り回るかも、そう思いミコトはジャージ姿で、リュックを背負っていた。リュックの中には今日の作戦の目玉である[カラスの餌]が入っていた。もちろん餌と言っても食べ物のことではなく、一昨日の{作戦会議}で決められたカラスの好きそうな{埴輪}のことである。ミコトの目撃情報を基に作戦参謀の山口真央が発案した、この作戦名、{埴輪でカラスを釣って巣にある別の埴輪を得る}作戦を実行するため、ミコトは手持ちの埴輪二体を連れてきた。{餌}になる方は、寝そべった格好が自然な形の埴輪のペィ、である。この埴輪はミコトとも喋れるし、鳥たちとも喋れるそうだ。もう一体はミコトとは喋れない。鳥と喋れるかどうかはわからない。よって鳥とミコト、両者に会話が通じる埴輪のペが選ばれたのだった。もう一体、埴輪のポゥは予備として連れてこられたのだった。土偶の方は今日はミコトの家でお留守番である。
午前九時。約束の時刻に兵士・荒木恵理子がやってきた。学校の体操服であった。
「おはよう、エリコちゃん。時間どおりだね」
「おはよう、ミコトちゃん。今日もやる気満々だね。走ってきたの?」
「うんん違うよ、今日は自転車。診療所に止めてきた。頭から湯気、出てる?」
「いや、湯気は出てないけど、顔が少し赤く見えたから。そのピンクのジャージのせいかな?」
「どうだろう?私来たばっかりだから火照ってるのかも知れない」
「それで、準備はできてる?」
「うん、あとはモノをどこに置けばいいか考えるだけだよ。なるべくカラスの目につくように高いところがいいんだけど、どこがいいかな?」
ミコトは昨日黄色い糸を括りつけた埴輪のペをリュックの中から取り出す。荒木恵理子はミコトの持っている埴輪を見て
「よく見たら、とぼけたいい表情してるね、こいつ。ミコトちゃんが集めたくなるわけだ」
「今二つで、カラスが持っていくのを見つけたから三つめ。あと二つあると思うんだ」
「へー、どうしてそう思うの?」
「これ、中が空洞なの。ほら、足のところが孔になってるでしょ?これ、指にはめることができるようになってるんじゃないかな、そう思って」
「確かに、指にはめることができるけど、それだけで指の数だけある、または指の数しかないと思うのはおかしいんじゃないかな?」
するどい!さすがにいつも冷静なだけある、そうミコトは感心した。
「まあそうなんだけど。五つぐらいは集めたいなあという私の願いが入ってるかな?」
「そのくらいあった方が飾るにしても見栄えがいいしね。それにしても」
荒木恵理子は空を見渡す。
「今日はカラス見かけないねえ。時間帯が早いのかな?いつも夕方家に帰る頃にはカアカア鳴いているのに」
「昨日雨だったから、ご飯食べれてないんじゃない?それで遠くまで餌を探しに行っているとか?」
「うーん、なるほど。でもあいつら、雨が降っててじっとしてるかな?昨日ぐらいの雨じゃあ平気でその辺うろうろしている気がするなあ」
「雨が降ってもお腹は空くしね。でもどうしたらいいかなあ?カラスがいないとは思っていなかったから」
「どうする?司令官殿?」
「そうだねえ……」
ミコトは腕を組んで考えるふりをした。いや、実際は考えていたのだが、埴輪の意見を聞いてから考えようとしたのだ。
”そういえば、ペィ、あんたは鳥に運んでもらう時、どうやって見つけてもらうの?そんなに小さいと見つけてもらうの大変でしょう?”
”左様、幾ら鳥たち目がいいとはいえ我らを見出すには眼だけではだめでござる。耳も使わせないと”
”耳…もしかして、歌っちゃったりする?”
”否。歌ではござらん。曲でござる。歌って鳥たちを疲れさせては運んでもらえぬ故”
”それもそうだね。それじゃあ、それやってくれる?曲ってなんだかかわからないけど。それでね、たぶんカラスが来ると思うの、全身真っ黒な鳥。そいつが来たら君の兄弟運んで巣にもっていないか聞いてみて。もし持っていってたらそいつを連れて帰りたいから自分を巣に連れてくように頼んでよ。お礼にチョコレート置いておくから”
”ちょこれいと、とは何でござるか?”
”甘くておいしい食べ物よ。それじゃあ頼んだわよ”
”わかったでござる”