転入生君はサッカー少年のようだ
黄昏時、というにはまだ早い夕方、ミコトは自転車を押して坂道を上っていた。家路に着くたび何度思ったことか、どうしてこんな山の中に家なんか建てたんだよ。だいたい、家と神社を一緒にしなくてもいいじゃないか、
家だけ麓に建てておけばよかったんだ。行きはヨイヨイ・帰りはキツイ、キツイながらもとおりゃんせだよ、全くもう。自転車で出かけた日には、行き時のご機嫌さなどすっかり忘れて、自転車にも毒づくのであった。もう、あんたってば、どうしてそんなに重いのっ。
ともかく、一生懸命自転車に毒づいたおかげで、坂道を上る苦痛を忘れようとした。もう少しで家に着こうかというところでミコトは立ち止った。神社の境内からボーン、ボンとボールの弾む音が聞こえたからだ。ミコトは自転車を道路わきに止め、そっと音のする方を見てみた。そこには、今日初めて学校で会った少年が、サッカーボールでリフティングをしていた。ぼーんとつま先で蹴り上げたボールは、本人の意図とは異なり、高く上がり過ぎ、第二撃を加えられることなく地面へ落下した。疲れているのだろうか?動きが鈍い。落ちたボールを拾うと、少年は次にボールを胸のあたりから落として大腿部でボールをコントロールしよう、と試みているらしかった。しかし、四・五回までは上手くいくのだが、それ以上となるとボールが、地面が恋しいよう、といってすぐにそちらに向かっていくのだった。
ミコトはしばらくその様子を見ていたがすぐに結論がでた。これは、サッカー初心者にちがいない。でなければ、運動神経ゼロだわ。ミコトは数時間前のことを思い起こした。たしか夢はサッカー選手になることですっていってなかったっけ?もう、無理無理、絶対無理。あんなの私にだって簡単にできるわよ、なんでそこでボールが落ちるわけ?あ、あ、そんなにボール高く蹴り上げちゃ、どこ行くかわかんないわよ、ほら、また落ちた。暗くなってきてるから見えにくいのかしら?これは声をかけた方がいいのかな?何と声をかける?いらっしゃい?よく来たな?何してるんだ?ごきげんよう?お元気ですか?うーん、いまいち。
少年を見て、声を掛けるか思案しているうちに、一匹の黒い猫が少年を見ていることに気付いた。おスミちゃんだ。今日一日見かけないと思っていたら、こんなところにいたなんて。ミコトはこの黒猫を理由にして少年に声を掛けることにした。
「あらあらおスミちゃん、こんなところにいたの?」
少年は声のする方を振り返った。黒猫も同時に振り返った。黒猫はミコトの方へ甘えた声で鳴きながら歩いて行った。少年も黒猫のあとについていった。
「ああ、日野さん。その猫日野さんの飼い猫なんだ。言葉がわかるみたいだね」
さっきまでサッカーボールを蹴り上げていた少年の頬は夕焼けと同じ色をしていた。ミコトは自分の飼い猫を両手で持ち上げて、猫に話しかけるように言った。
「当り前でしょ。私と毎日話してるもん、私の言葉わかるよねー?」
全ての言葉を理解したのか、ねー、という言葉に反応しただけなのか、おスミちゃんは、にゃーと返事した。猫を抱え直すと、ミコトは少年に向かって忠告した。
「ここらは暗くなるのが速いから、早く帰った方がいいよ。暗くなったら、明かりがないから帰り道が大変よ」