初めての料理
えいっ!という掛け声とともに、ミコトはベッドから起き上がった。ジリリリリという音を消すため机へと向かう。午前五時五十分。机の上には、昨日石川和美から借りた料理本が置いてある。ミコトは目覚ましの音を止めると、本を取り上げぱらぱらとめくる。全ページにわたってきちんと内容が記載されている。
「良かった、夢じゃなくって」
ミコトは昨夜見ていたページを開くとそれを裏返して顔を洗いに洗面所に向かった。いつもなら台所には母親がいて朝食の準備をしているころだが、その気配はない。ミコトはそっと洗面所で顔を洗い、歯を磨いていた。誰もいないはずなのに背後に気配を感じる。振りかえると白い猫が佇んでいた。
「おはよう、おユキさん。どうしたの?」
ミコトは、白い、年取った猫に話しかける。猫はただ、みゃおと返事してたすたすと洗面所を出て行った。黒い方はまだ寝ているのだろうか?と思っていたら白い方が黒い方を連れて来てまた一鳴きした。黒い方もそれにつられ鳴きだした。
「しー、二人とも。パパとママはまだ寝てるの。静かにしてて」
「誰がまだ寝てるですって?」
「あれーっ、ママおはよう。風邪は大丈夫なの?」
「おはよう、ミコト。まだ節々は痛いけど、熱は引いたみたいだし。まあ、今日中には治るかな?あなたこそどうしたの?こんなに早く起きてきて?」
「うん、まだママが風邪だとおもって、今朝は私がお粥作ろうと思って」
「あら、そう?それじゃ、今朝はミコトにお願いしようかしら?」
「私に任せて。ところで、パパの方はどんな具合かな?」
「まだ寝てるからわからないけど、ママと同じ風邪ならこれから熱が出るから大変になるわよ」
「パパは今日病院に行くっていってたよ」
「あらそう?」
「それと今日学校休校になったから。風邪がはやってて子供たちが大勢休んでるんだって」
「あら、じゃあミコトも今日は家にいるのね」
「いや、私は今日は朝ご飯食べたら、みんなと一緒に宿題やりに出かけるから」
「あら、どこに?」
「宮崎さんち。私宮崎さんち知らないから、山口さんに案内してもらうの」
「お昼はどうするの?」
「お昼は食べに帰るよ。それじゃ、私、お粥作るから、ママは寝てていいよ」
「あらそう?それじゃお言葉に甘えて。その前にこの子たちに朝ご飯あげないと」
母親は猫達にキャットフードを与えると寝室へと戻っていった。
「さてと、始めますか…」
ミコトは料理本の手順に従って作業を開始した。
「ナニナニ?まずはコメを研いで、三十分から一時間水につける…そんないきなり時間かかるの?」
料理のお手伝いをしたことはあっても、ミコトは初めから料理をしたことはない。そんなに時間がかかるものなの?大体どれくらいの量をつくればいいの?いつもママはどのくらいご飯を炊いてったっけ?ミコトは”お粥”の前のページにある”ご飯”の項目を見た。ナニナニ?用意するもの。お米一合(百八十cc)、これはお茶碗二杯分です?一合が百八十ccって変な量だなあ。どうして百とか二百とかにしなかったんだろう?ん?前にパパが言ってたっけ?手のひら一掬いぐらいが一合くらいっていってたっけ。一合ってヒトを基準にしてるのかしら?えーと、ウチの場合は、朝に私がお茶碗三杯分食べてママが二杯、パパは一杯しか食べないから、全部で六杯分。ということはお米三合分用意すればいいのね。まずは手を洗って・・・
おコメを研ぎ終わり水につけると、しばらくの間手持無沙汰になったミコトは料理本のお粥レシピの続きを読む。ナニナニ?お米が水を十分に吸ったら鍋に入れ適量の水を加え、最初は強火で、煮立ってきたら弱火にする?煮立ってきたってどうやって見分けるんだろ?経験不足のミコトにはわからないことだらけだ。
お米を水に浸してる間、ただ待ってても仕方ないのでミコトは着替えることにした。何を着ていく?やっぱり宿題をやる気になるには学校の制服がいいだろう。そう考えたミコトはさっそく実行する。足元には朝ご飯を食べ終えた黒い方の猫が遊んでほしいと足元に絡みついてくる。ミコトは急いで着替え終わると黒猫の相手をすることにした。台所だとまずいので、ミコトは黒猫を小脇に抱え自分の部屋に連れていく。白い方はミコトの後をゆっくり付いていく。ミコトの部屋で黒猫とお遊ぶのであるが、いつもはこんな朝から遊ぶことはないので黒猫も少々勝手が違うようだ。動きが何やらいつもより鈍い気がする。いつもの遊びを一通りやるが、食い付きがあまり良くない。黒猫の方もそれがわかってきたのか、そのうち動かなくなった。白い方はと言うと、端っから遊ぶ気はなく、ただ黒猫を見ているだけであった。二匹とも完全に飽きてしまったのかミコトの部屋を出て行ってしまった。