素直じゃないね
食事を終え、食器を片づけた後、ミコトが石川家を出たのは五時半ごろとなった。石川弟はミコトを引き留めようとしたが、石川姉がそれを制した。
「馬鹿、お前、ミコトんちは山道なんだぞ。明るいうちに帰らなきゃ、真っ暗な山道を歩くことになるんだ。お前、そんなところを歩けるか?ミコトにそんなところを歩かせるのか?」
そう言われたら石川弟は納得せざるを得ない。明日また来るから、二人とも早く良くなってね、そう言い残してミコトは帰宅の途に就いたのだった。帰り道、ミコトはソナタの言っていたことを思い出していた。パピプを探せっていわれても、これまでのところ全く手がかりがない。ただ、病人が出ており、それが数を広げているのはわかった。早いところ何とかしないと村全体が病気にかかっちゃう。でもホントに今流行っている風邪はパピプのピがやってることなのかしら?ミコトは考え事をしていたので、目の前に広がる田植えがなされたばかりの水田に気付かず山道に入って行った。先ほどまで餌を啄ばんでいた白鷺達がミコトの姿を見送っていた。
坂道を登り神社のところにたどり着いたミコトは今日も球の弾む音を聞いた。あいつ、今日も来ている。神社の境内には四月に近所に引っ越してきた柳井圭治が毎日のようにリフティングの練習をしに来ている。神社で球蹴りの音というものに初めは違和感があったミコトだったが最近では慣れっこになってきた。クラス委員長として声を掛けておくか。
「今日も良くやるわねー。あいつらの家にはいってきたの?」
「ああ、日野さん。言ってきたよ、みんな割と元気だった。ホームワークの話をしたら、みんな文句を言ってたよ」
「体調が悪いって言ってたけど、ただの疲れだったのかな?」
「うん、そうみたい」
「風邪引いてる人はいなかった?」
「うーん、佐藤君が、みんなの家を回った後で気分が悪いって言ってたけど。あれは今回のインフルエンザの兆候のような気がするなあ」
「あんたはどうもない?気分が悪いとか、熱があるとかはないの?」
「全く問題ないね。そう言えば美鈴さん、風邪なんでしょ?どんな様子なの?」
ウチのママのことは名前で呼ぶのに私のことは名字で呼ぶのか……少し顔を曇らせたミコトの様子に、柳井圭治は驚いて聞いてくる。
「そんなに良くないの?」
「まだ治らないみたい。今流行っているのはかかってから三日間は高熱が続くってパパが言ってたし、明日までは駄目だね。あんたのところはどう?誰も風邪引いてない?」
「うん、誰も。じいちゃんはなんだかいつも以上にテンションあがってて、おかしいよ。うちのじいちゃん」
「なんかあったの?」
「うーん、田植えのシーズンだからじゃないかな?帰ってくる途中見なかった?道沿いの田んぼに苗が植えられてたの、あれ全部じいちゃんがやったんだって。もちろん田植え機でだけど。連休初めまでに全部やっちゃうぞーって張り切ってた」
「連休初めまで?」
「うん、田植え仕事が終わったら家族でどこかへ行きたいらしい。だから僕が休みの間に田植えを終わらせたいって言ってた」
「へえ、かわいがられてるじゃない。良かったわね」
「僕としてはほっといて欲しいんだけどね。ここでリフティングの練習したいし。日野さん、練習相手してくれない?誰もやってくれないんだ」
この少年の将来の夢がサッカー選手になることをミコトは知っているが、それにしてもあまりにへたすぎる。彼のやるリフティングは一分も続かないのだ。サッカー選手は無理だと思うんだけどなあ。むしろ、頭の良さを生かした方がいいと思うのだが、世の中、言わない方がいいこともある。ミコトは父親からそう教えられた。もう暗いから帰った方がいいよ、私も家に戻るから、といってミコトはその場を離れた。