友達のうちを家庭訪問①
このまま教室で皆と話をしたい衝動を抑え、ミコトは教室を出た。まずはアイちゃんの家だ。あそこは母親がウチに居るから看病もきちんとされてるだろう。気がかりなのは本人の具合だけだ。問題なのは石川家の方だ。父親は仕事中だろうし、母親は…。どうしてカズミちゃんちにはママがいないのだろう?聞いてもいいのかな?この前遊びに行った時はきれいに片付いていたし。ママがいないとは全然思わなかった。ヘイジ君も休んでるっていうし、二人して寝込んでたらカズミちゃんのパパが帰ってくるまで面倒見た方がいいのかな?
あれやこれや考え歩いているといつの間にやら竹下家に着いていた。玄関のチャイムを押す。はーい、いまいきまーすという声がしてほどなくドアが開いた。
「あら、ミコトちゃん、いらっしゃい。様子を見に来てくれたの?」
「はい、アイちゃんどんな具合ですか?先生に確認して来いって言われて」
「悪いわねえ、昼過ぎまで起きてたんだけどさっき様子を見に行ったら寝たみたい。起こしてこようか?」
慌ててミコトは否定した。無理して起こすこともあるまい。
「まあこんなところで立ち話もなんだからなかに入って頂戴」
ミコトは台所へ通されて、椅子に座らされた。
「ミコトちゃんは何を飲む?私お茶にするけどそれでいい?」
「はい。うちでもよくお茶飲んでます」
竹下母は、そう、それはよかったわ、ウチの娘、お茶は苦いって言って全然飲もうとしないのよなどと愚痴りながらお茶を差しだした。ミコトは礼を言って差しだされた湯呑みをふうふう吹いて一口飲んだ。確かに自分の家で飲んでいつものお茶よりは苦かったが、同時にほんのりつぃた甘みも感じる。これはうちのよりいいお茶の葉じゃないか、そう思うミコトであった。
「アイちゃんのお母さんにも言っておいた方がいいんですが、明日は学校閉鎖になったんです」
「あら。やっぱり例のインフルエンザが原因かしら?」
「学校ではそう説明されてました。それで明日を含めてゴールデンウィーク中に子供たちが外で外をふらつかないようにってホームワークを渡されたんです」
「あらあら、連休中ずうっと寝込んでる子に宿題やらせるのかしらね?」
そう言われればそうだ。病気で伏せっているときに宿題やれって言われてもできるはずがないよな。これって完全に休日に元気な児童を外へ出さない発想じゃないか。おっといけない、アイちゃんの様子を知りに来たのだった。
「それで、アイちゃんの具合はどうですか?やっぱりインフルエンザなんですかね?」
「それが熱が出るとか関節が痛いとかっていう症状じゃないのよ。医者に見せたらただの過労ですって言われてたわ。ユックリ休めばよくなるでしょうって」
「風邪じゃないんですね、よかった」
「そう言えばミコトちゃんのお母さんも寝込んでるですってね」
疲れ切った様子にもかかわらず、ベットの中で嬉しそうにミコトのことを話している娘をみると、よほどこの友達のことが気に入っているんだな、そう母親は思った。じゃあ娘のためにこの子の情報を仕入れておくか。
「はい、一昨日の夜から急に倒れて昨日一日寝てたそうです。今朝もまだ熱が引いてないって父が言ってました」
「お父さんが面倒みてるの?偉いわねえ、ウチのとは段違いだわ」
「ウチの父も普段は母にまかせっきりなんですけど、いざっていうときになんでもやったりできるのでびっくりしました」
「なんでもって、たとえば?」
「料理したり、病人の面倒見たりです」
「はー、ますますいいわねえ。今度神社にお父さんを拝みにいこうかしら」
「ぜひ、来てください。でも神社じゃなくって父を拝むんですか?」
「ああ、拝むっていうのは見に行くって意味だから。でも神社もいってもいいわよ。ここだけの話、ミコトちゃんのお父さんが来るまで、あの神社、あんまり評判が良くなかったらしいの。近所の人から聞いた話なんだけど、前の神主さんが変わり者で頑固で手がつけられなかったんだって。その時はそうなんだって思って。だからあんまり行く気になれなかったの。それに遠いしね、坂道にもなってるし」
「結構いい運動になりますよ」
「そうねえ、ウチの娘にも休みの日くらいミコトちゃんのうちに行かせようかしら?あの子全然運動しないし、だから病気になるんですよって言っても聞かないし。そういえば一昨日お父さんが来たでしょ?あのときはびっくりしたわ。お父さんいくつだっけ?」
「三十六、だったかな?」
「三十六?お母さんが三十二だったわよね、たしか。去年授業参観でお会いしたけどすごくきれいな赤い髪してたわ。あれ地毛なの?そう、とっても目立つから自分で染めてるのかと思ったわ。目付きが鋭いから元不良かと思ってたけど話してみるととってもユニークな人だった。ミコトちゃんは髪の毛以外はお母さんそっくりなんだけど優しい顔をしてるわよね。お母さんも、もうすこしミコトちゃんを見習った方がいいわね。それにしてもお母さん若く見えるわ。神職やっている人は年を取らないのかしら?それとも坂道を毎日上り下りしてるからかな?全然三十代に見えないわ。うらやましいなあ」
ミコトは竹下母との世間話が長引き、結局竹下家を出たのは午後五時まえになってしまった。石川和美の家にもいかないといけないので今日はこの辺で失礼します、明日の夕方また来ますので、といって。あらそう、わかったわ、また明日ね?と名残惜しそうに竹下母はミコトを送り出した。




