学校が一時的に閉鎖になりました
その日の終わりのホームルーム。気だるい雰囲気を朝から引きずったまま、児童たちは一日を終えようとしていた。その日のお昼に石川和美が、気分が悪いと言って保健室に行き、その後そのまま自宅へ帰って行った。それに続くように上田、川村、高橋、中村といった男子児童も昼過ぎには体調不良を訴え、帰宅していった。
「しかし、ただでさえ人数少ないのに半分ちかく減っちゃうとかなりさみしいわねえ」
教室を見回しながら、担任宮本は教壇上で声を出す。減った人数分の活気を補うかのようだ。結局、五年生で学校に来ていた残りの児童も次々倒れていき、五年生の午後の授業はなくなってしまった。
「やっぱりインフルエンザが原因なんですか?」
ミコトは担任に尋ねる。
「うーん、よくわからないのよ。昨日の遠足の疲れが原因なのか、それとも今流行りの風邪なのか。疲れてて体調悪い時に普通の風邪ひいちゃうこともあるし」
「先生、普通の風邪とインフルエンザってどう違うんですか?」
担任宮本は首を捻った。
「なかなか難しい質問ね。そうねえ、インフルエンザは風邪の一種なの。風邪の中であらかじめ種類が特定できるのがインフルエンザっていうわけ」
「インフルエンザ以外にも風邪ってあるんですか?」
「発病すると、高熱・頭痛・関節痛・のどの痛み・咳・くしゃみ・鼻水・痰、その他もろもろの症状がでる根絶不可能の病。それが風邪よ。人類は風邪を甘く見てはいけないわ、っていっても言い過ぎではないくらいよ。昔スペイン風邪っていうのが世界中で流行して大勢の死人が出たのよ。風邪っていってバカにすると大変なことになるから気をつけないとね。そう言えば、日野さんのお母さん、具合はどう?一昨日はあんなにお元気だったのに」
「まだちゃんと話はしていないけど一昨日の夜よりはいいそうです。あんなに急に悪くなるなんて思いませんでした。やっぱり先生は風邪ひかないようにトレーニングしてるんですか?」
「トレーニングは趣味よ。好きでやってるの。さてと、お喋りはこのくらいにして」
一旦言葉を切ると、担任宮本はもう一度教室をぐるりと見回した。そして全員に告げた。
「午後の緊急職員会議で決まったことなんだけど、明日五月一日の金曜日は学校閉鎖になりました。それでゴールデンウィークがちょっと長くなったんだけど、学校閉鎖なんだから外をうろつかないで家の中でじっとしてて。時間を持て余すでしょうから、宿題たっぷり出したげる」
男子児童の過半数、しかも元気がいい方がいないので比較的静かだが、それでもどよめきは起きた。
「そんなー、横暴だー。どうして外出してはいけないんですかー?あたし、連休中のスケジュール組んでるんですけどー?」
そう山口真央は口を尖らせて抗議している。
「先生、近所を出歩いてもだめなんですか?私、お稽古事があるんですけど」
とは木村詩織。ミコトは、木村詩織が何のお稽古事をやっているのか知りたかったが、その考えに入る間もなく担任宮本が大声を出した。
「ハイ!不平や不満はあるでしょうが、皆さんの健康を考えた上での措置ですからね。人混みの中に入って風邪をうつされても苦しい思いをするのは自分ですからね。それとも悪性の風邪うつされて耳からミミ血を噴き出したいの?」
みんなの顔を見回した結果、担任宮本は児童を恐怖に陥れたことに成功した、そう思った。一人を除いて。
「日野さん、何?ぽかあんとしてるの?耳から血が出てること、想像してたの?」
ミコトは首を縦に振っていた。
「でも先生、今流行っているインフルエンザはそんな症状でていなかったと聞いてます。高熱を出して動けなくなるだけで、耳から血が出るというのはないんじゃないんでしょうか?」
そう冷静に論評したのは柳井圭治だった。
「今のは、例えよ、例え。これくらい言っとけば、平日に小学生がぶらつくことはなくなるでしょ?」
何だよウソかよ、と知って再び教室がざわめきだす。
「はい、それでね。明日の休校のお知らせと連休中の過ごし方、その分のホームワークをここにいる人がここにいない人に責任を持って伝えて欲しいわけです」
「ハイ、先生!そういうのは担任の仕事じゃないんですか?」
新田明日奈の意見に珍しくミコトも完全に同意した。
「うん、私もそうしたいんだけど。五年生の方を面倒見なきゃならないの。なにせ五年の半数が欠席して、担任まで倒れちゃったっし」
「佐々木先生の具合はどうなんですか?」
「さあねえ?児童の様子を見て回ったあとで、佐々木先生のところにも行ってみるわ。それでね、六年生の方は、全員だと大変だろうから、女子は日野さんに任せるわ。帰る途中、竹下さんと石川さんちによってこれ、渡してきて。そしてできたら二人の様子を見てきて。病気がひどかったらそこまでする必要はないから。それで私に報告して。おうちに帰ってからでいいからさ。それと男子は、佐藤君、あなたに任せるから。柳井君は転校してきたばかりで四人のウチ、知らないだろうから」
あからさまに嫌そうな顔をする佐藤春人を見て柳井圭冶は救い船を出す。
「あの、よかったら、僕も一緒に行きます。みんなの家、まだ行ったことないので。佐藤君がいっしょなら道に迷わなくっていいから心強いし、どうかな?」
佐藤春人は、うれしそうに礼を言った。柳井圭治は、佐藤春人は一体何が嫌だったんだろうと腹案した。
「わかったわ。それじゃ男子のことは佐藤君と柳井君に任せるから。日野さんにも言ったけど、みんなの様子見てくるのよ?そして二人とも私に連絡して。もし、ゴールデンウィーク明けにホームワーク出してこなかったら」
担任宮本は指を組んで拳を鳴らした。
「連帯責任ですからね?いい?それじゃあホームワークとご家庭への連絡用紙配るから。お父さんお母さんにこの紙見せてインフルエンザには各家庭で気をつけるようにって話すのよ。それじゃあ今日はおしまいです。はい、さようなら」
いつもはまだ話が続くのに、今日の担任宮本はさっさと切り上げて教室を出て行った。