遠足の次の日
「ねえ、パパ。ママの具合、どうかな?まだ良くならないの?」
朝食を食べながら、ミコトは父親に尋ねた。
「うん、まだ熱が引かないみたい。昨日ほどじゃないけどね。治るまでもう一日くらいかかるんじゃないかな?今流行っているインフルエンザは三日間は熱が出るらしいからね。病院に言った方がよくないか?って言っても聞かないし。変なところで頑固なんだよな。パパだったらすぐ病院へ行って注射してもらって薬もらってくるけどな」
ミコトは味噌汁の具を取り出す。うわ、今日も玉ねぎとジャガイモだ。
「学校行く前にママと話せるかな?」
「無理だと思うよ、まだ寝てるし。何か用事なの?」
「ううん、一昨日のタケノコ、どこで掘って来たのかなあって思って」
「なんだい?そんなにおいしかったのかい、あのタケノコ。食いしん坊だなあミコトは」
父親は、はははと笑った。話がこじれない様にミコトも調子を合わせた。ママが起きたら聞いておくから、と約束してもらい、ミコトは学校へと向かった。
道中、ミコトは考えた。そもそも、あいつらパピプペポ、ぺとポはどうしてあの公園にいたのかしら?人に奉られたいなら人の多いところにいればいいんだし。そうすれば自分らの力を発揮して人に恐れ敬われただろうし。でも、そうすると人から壊される可能性があるのか。自分たちの居場所を知られないために移動しているのではないか?でも、どうやって?ソナタもそうだが、あいつらは自分では動けないはずだ。本当か?本当だとしたら、何かがあいつらを移動させているのか?あいつら小さいし軽いから、動物でもくわえて持っていきそうだ。そして移動したさきで新しい病の元を作りだすのか。大体何が目的でそんなことをするんだ?考えるほどに歩く速さが早くなっていく。学校に近づいたときには、その速さはもはや“歩いている”とはいえなかった。
教室へ入るミコト。
「みんな、おはよー」
心なしか、空気がよどんでいるように見える。返事もまばらだ。
「ミコト、おはようさん。お前だけだぞ。昨日とおんなじ元気なのは。今日はアイの奴、休むんじゃないか?」
「体力自慢の脳天蒸気娘ですもんね日野さんは」
「ミコトちゃん、今日もウチから走って来たの?頭っから湯気が出てるよ」
「ええっ、本当?頭冷やしてくる」
ざっと辺りを見回してからミコトは自分の席へ行き、ランドセルを置いて中からタオルを取り出し教室を出た。頭を水道水で冷やしながら、ミコトはいましがたの光景を思い出す。確かにアイちゃんいなかった。昨日の遠足の影響だろうか?それとも?他の人は大体来てたな。十分に頭が冷えたところで、ミコトは蛇口から頭を離した。髪をタオルでがしゃがしゃ拭いていく。ふと、隣の五年生の教室をミコトは覗いた。いつもの半分しかいない。男子が全くいないのだ。これもアイちゃんと同じ原因か?区別がつかないなあ。ミコトは頭をぶるぶると振った。教室へ戻るとチャイムが鳴った。ホームルームが始まる時刻だが、竹下愛と川村幸治の姿がない。竹下愛は今日は学校を休むのであろうか?いつも病気がちでよく学校を欠席している。もう一人はいつもは遅刻がちで、いつもならそろそろどたばたと息せき切って現れるはずだ。しかしその気配もない。ミコトは教室に戻り、自分の席に着いた。隣の席の山本凛が話しかける。
「ミコトちゃん、おはよう。今日も全然変わらないねー」
「リンちゃん、おはよう。何も変わらないよ。リンちゃんは何か変ったことあったの?」
山本凛は苦笑いをする。
「昨日の遠足の影響が出ないなんて、どんな鍛え方をしているの?私なんて足はパンパン、お腹は張ってて、背中に重いおじいさんを背負ってるみたいにだるいよ。周り見てよ。みんなもおんなじだと思うよ」
ミコトは辺りを見回す。確かにみんな机にうつ伏せになっているか、椅子にふんぞり返っている。
「ほら、元気なのはミコトちゃんだけだよ。アイちゃんも今日は休みそうだし、カズミちゃんだって、あの通り」
山本凛が指差した方向には机の上で上半身を横たえている石川和美の姿があった。いつもは元気な石川和美だが今日は表情に冴えがない。男子も、いつも騒がしい川村幸治がいないから静かなのかと思ったが、そうでもなさそうだ。いつも元気な奴に限って静かになっている。そう思っていたら、どたばたどたばた足音が聞こえてきて、教室の扉が開いた。
「ひーっ、間に合ったか。今日もぎりぎりセーフだったな」
肩で息を切らして川村幸治が教室に入ってきた。
「ぎりぎりセーフ、じゃないわよ。もうチャイムは鳴ったでしょ」
「おお、日野か、おはようさん、と。先生が来てなけりゃセーフなんだよ。へへ、余裕余裕」
「あんたは相変わらずね。体は何ともないの?」
「ちょっと朝からだるかったけど、そんなこと言ってられないからな。ちょっと顔洗ってくる」
そういうと川村幸治はランドセルを置いて教室から出て行った。
チャイムが鳴ったのに、担任・宮本が来る気配がない。いつもなら教室でざわめきが起きるころだが、今日の児童たちにはそれほどの元気はないようだ。ミコトは隣の席の山本凛と話を続ける。
「宮本先生、遅いねえ。どうしたんだろう?」
「職員会議が長引いてるんじゃないかな?今日休校するかもしれないよ」
「どうしてそう思うの?」
山本凛は大きく伸びをして体をぐるぐる回した後、大きく息を吐いた。
「昨日、あの遠足で結構ダウンした子、いるじゃない?おまけに今、季節外れのインフルエンザがはやってるの。散々疲れさせた挙句の上、風邪にかからせたとあっては学校側の健康管理に問題があるんじゃないかっていわれるよ。下手したら休校になるかもしれないよ」
「隣の五年生のクラスもあんまり人いなかったねえ。それはそうと、インフルエンザって、今、流行ってるの?あれは冬に流行するんじゃなかったっけ?」
「ミコトちゃん、ニュース見てないの?季節外れのインフルエンザが流行してますって、昨日テレビで言ってたよ。今流行ってるのは相当移りやすくてたちが悪いので気をつけろってね」
ウチのママのもインフルエンザなのかな、と小声でつぶやいたのを山本凛は聞き逃さなかった。
「そういえば、ミコトちゃんちのお母さんまだよくならないの?」
「うん、一昨日の夕方から熱出して寝込んでて、今朝も調子悪かったみたい」
「そうか、ミコトちゃんちも病気になるんだね」
「うちの家族は人間ですよ。それはそうと、リンちゃんちは大丈夫?誰も風邪ひいてない?」
「ウチは今のところは大丈夫だよ。だけどうちの近所では結構広まってるみたい。特に小さい子がかかってるって。診療所も大忙しだね」
「診療所って、どこにあるんだっけ?」
「あれ?ミコトちゃんは場所知らないの?役場のすぐ近くだよ」
「あまり縁がなくって。うちのママも連れてった方がいいかな?」
「やめた方がいいよ。あそこよぼよぼのお爺さんが先生やってて注射打つときなんか手が震えてるもん」