笑わないセールスマン
力がすっと抜ける。
もしかしたら……もしかしたら天音さんなら……。
本当に受け入れてくれるかもしれない。
そう思って、月宮はゆっくりと両手を下ろ――――。
「ドーーーーーン!!」
謎のかけ声とともに天音がいきなり月宮の何もない顔面をついた。
……え……え、は?
何が起こったのかよくわからず月宮は驚きのあまり目が点になる。まあ既に点なのだけれども。
「月宮さん。よくないですよー。今のあなた。化け物なんですから」
聞き覚えのない男の声がした。しかもその声は目の前の天音からするというのだからまた驚きだ。
「え、ちょ、天音さん……?」
ノンノンと天音は指を横に振る。
「私は天音唯などではありません」
そう言うと彼女は自分の顔に手をやったかと思うと、まるで仮面を脱ぐかのようにその顔をとってしまったのだ。
信じられない光景に月宮は唖然としていた。
なんだこれ……どうなってんの……天音さんの顔……どうなって……。
天音唯だと思っていた人物は全くの別人だった。しかも天音の顔の下から新しく出て来た顔は男。切れ長い目をしたキツネのような男だ。
「驚かせてすみません月宮さん。私の名前は……とその前に着替えなくては」
男がくるりとその場で回転する。すると先ほどまで女子高生の制服だったはずなのに、瞬時にして男はスーツを身にまとっていた。黒い帽子に黒いスーツ、男の服装は完全に黒尽くめだった。
「改めて月宮さんに自己紹介を。私の名前は芥川。しがないセールスマンをやっています」
嬉々とした口調のわりにニコリとも笑わないこのセールスマン。
いったい何者なんだ。さっきの天音の顔は……そんなことよりどうして……。
「どうして僕の名前を知っているんですか」
「それはもちろんお客様について調べることはセールスの基本中の基本ですから。それに、私はあなたのような特異な存在に物を売るのが専門でして」
すると芥川はその手に持つ物を月宮へと渡した。
それは一枚の真っ白い仮面。顔の輪郭がはっきりと浮かぶどこか不気味な仮面だった。