第4話 丑三つ時の妖怪
午前三時。
近所の公園に月宮の姿はあった。
寂しそうにブランコに乗っている彼をチカチカと光るきれかけの街灯が照らしていた。
「これからどうすればいいんだ……」
まるで映画の主人公が言いそうな台詞をぼそっとつぶやく。
そう言いたくなる気持ちはわかる。今の彼は誰が見ても丑三つ時に山から下りて来たのっぺら坊にしか見えないのだから。
この姿を見られれば間違いなく生きる都市伝説として噂されかねない。けど月宮は心のどこかで誰かに発見されることを望んでいた。
顔を失ったという規格外の問題を自分ではどうにも対処することができないからだ。
けれどそれとは別に誰かに見られることを恐れている気持ちもあった。
こんな化け物の姿を見たら普通は逃げるよな。
瞼に焼きついているのは今しがた見た母の形相。
「でで、ででで出てけっ、出てけええ!」
なんだかなあ……家で俺を発見した時の母の顔……。
目だ。月宮自身中身は何も変わっていないというのに、あの母の目といったら。まるでクマがいきなり襲いかかってきたかのようなそんな目をしていた。それが心に傷をつけるのだ。
普段から口うるさくて好きではなかったけど、それでも絶対に裏切らない存在だと思っていた母が、あんな拒絶した目で見てくるなんて。あの目を見た瞬間、自分が世界に見放されたような、ひとりぼっちの空間に投げ飛ばされたような、そんな気がした。
〈孤独〉という概念を押しつけられたみたいだった。
月宮が最後に見た母の光景が心に突き刺さる。突き刺さって、心から出た血は涙となって溢れ出て来た。
のっぺら坊は二つの穴から涙を流す。
「うう……ううう……」
声を押し殺しきれない。
悲しい。月宮は悲しいのだ。
俺はこんな姿でどうすればいいというのだ。誰が助けてくれるんだ……。
学校で困ったことがあれば親か先生、友人に相談すればいい。町で犯罪にあえば警察に頼めばいい。けれどのっぺら坊になってしまえばどうしようもできない。
人には逃げられ、交番に駆けこめば下手すりゃ射殺される……!
これからの人生この顔では未来も暗い。パッと思いつくものとして、サーカスの見世物か科学者の実験動物扱いか。どうなろうと今まで通りの生活は不可能だろう。
当然学校になんて絶対通えない。
「……ああ、天音さんに会いたい……」
月宮はクラスのマドンナ的存在である女子生徒のことを思い出していた。
天音 唯。才色兼備という言葉は彼女のためにある言葉なんじゃないかと思わせるほどの女性だ。品行方正、成績優秀、そして天真爛漫な笑顔を振り撒く彼女は月宮だけでなく誰もが一度はその唇に食らいつきたいと思わされる人物だった。
月宮は天音のことが知り合った当初から好きだった。
いつも彼女がいれば目で追い、彼女の香りがすれば心がやすらいだ。まあ、他の女子と特ににおいは一緒なのだが、月宮からすれば缶コーヒーと惹きたてのドリップコーヒー並みに全くの別物なのだ。
以前意を決して告白したことがあった。極度の緊張のせいで「ぼくとちゅきあってくだちゃい!」と噛みまくりのひどい告白だった。
それでも月宮はもしふられたら川に入水自殺をはかる心積もりで挑んだものだった。しかしながら告白は天音にその気がなく失敗に終わり、自殺は体に大石をくくりつけている段階で友人達に阻止された。
それでも月宮はいまだに彼女のことを思いつづけ、日に日にその気持ちは増していくほど。
だけどもう会えないよな……。
「あの、大丈夫ですか?」
突然声がして月宮の心はとび跳ねる。
え、人?……でも、この声……。