顔のない日常
顔を奪われてから一週間が経過していた。
仮面をつけた生活にも慣れ、月宮は主に兄の姿を借りて街に出ている。
月宮が小学生の頃、バイクの事故で死んでしまったのだ。
特に今のところ彼の顔を使ってトラブルにみまわれたことはない。
仕事はパソコンを使ってできる在宅ワークをしていた。
誰かのブログを代筆したり、新作アプリの好評レビューを書いたりする簡単な仕事だ。
給料はかなり低いし出来高性なのでかなり量を求められる仕事だが、月宮はコツコツと小銭を稼いでいた。
お金をふりこんでもらう口座はハギモトに頼んでつくってもらっている。
身分証明書を偽造できると言っていたので、もう少しこの生活にも慣れたら隣町でバイトでも始めようかと月宮は考えていた。
ネカフェでの生活も問題はなく。ちょくちょくここに住む変な住人がからんでくることくらいが悩み事だった。
今日も謎の双子姉妹に『死んだ韓国俳優になってくれ』と頼まれ一緒に写真を撮ると、喜んで彼女達は月宮の両頬にキスをした。
顔をなくしてから初めて良かったと思える出来事だった。
しかし良いことばかりではない。ネカフェには〈ナイフコレクター〉のような曲者や、明らかに怪しい男がウロウロしていたりする。まあ何か問題を起こせばすぐにハギモトや腕っぷしの強い住人達がかけつけて追い出してくれるのだが。
何より今一番月宮が心配しているのは家族のことだった。
母に化け物と間違われて追い出されたわけだがそれでも家族は家族だ。
あれから家の前に『少し旅に出ます。誘拐されてません。心配しないでください』と書き置きを残しておいたのだが、それでも心配してくれていたらと思うと不安に……。
「坊主。大丈夫か?」
そこで月宮はハッと我にかえる。今は休憩中のハギモトと雑談している最中だった。
特別に従業員控え室に入らせてもらっている。
四畳くらいのスペースに書類の詰まった段ボールやらが散乱していて、壁には監視カメラの映像を写す画面が何台も敷き詰められていた。
そこでハギモトと月宮はともにエクレアを食っている。
行きつけの喫茶店に置いているクッキーだの、これは新しくできたパン屋のサンドイッチだのと言ってハギモトはよく月宮に食べ物をあげるのだ。
単純に世話好きなのか、それとも謎宗教の教えで優しくしているのか……。
ちなみに今は針を顔に刺していない。彼の入信する謎宗教のことはよく知らないが、針は深夜のお祈りタイムにしか刺さないそうだ。
「仮面をつけていてもわかるぞ。悲しみとか負のオーラは体全体から出てくるもんだからなあ」
ハギモトは時折店内の映像を見ながらそう話す。
こうしてエクレアを頬張ってる姿を見ると針をさしていなければハギモトはただの強面のハゲたおっさんにしか見えないなと月宮は思った。
「なんか悩み事か。ま、その顔じゃあ悩みは尽きねえよな………」
「そりゃもちろん元の生活が恋しくて」
今頃友人達は呑気に授業うけてるんだろうな。
あの先生だるいとか、今日プレミアムガチャ10連無料だぜとか、俺がいないことなんて気にもしてないんだろうな……。




