当たり屋 2
「それじゃあ行ってくるわね」
「行ってらっしゃ~い」
軽いハグをした後で、カレンは手を振りながら出かけていった。
少しだけユーリの表情に陰が指す。今日のところは商売についての打ち合わせのようなものらしい。
だが、近々また行商に出ることになるのだろう。
もちろん、これまでも幾度もあったことだし、ユーリ自身が依頼の関係で帰らなかったこともある。
普段カレンに甘えまくっているが、料理なんかも当然できる。なんの問題もないはずだ。
「……適当に商売でもしてこよう」
考え出すと、どうにも抜け出せそうにないループにはまりそうでイオリは思考逃避したのだった。
……商売人が聞いたら呆れそうな言い草であったが。
落湯の罠のアレンジバージョン、煮えたぎる油が降り注ぐ罠。振りかかるだけでも恐ろしいが、他の罠や魔法を使う魔物などと組合わさることで、一層の脅威となる。
不死鳥張りの廊下。重みが加わると高熱を発する床。憐れな獲物は水を請い、天を仰いで身体を逸らせることになるだろう。間違ってもこの上で土下座などしてはいけない。
「おう、当たり屋。今日も来たぜ」
そう言う青年は、どこで何を売るかなど毎回てきとうなユーリの営業にも関わらず常連と言っていい存在であった。
「へへ、これでも俺はそれなりに名の知れたレンジャーだったんだぜ。膝に矢を受けて冒険者は引退したが、あんたが商売を始めてからはレンジャーだったことに感謝だな」
迷宮に潜る際、罠の発見や宝箱の開錠や索敵を得意とする役割をレンジャーと言い、パーティーに一人は必須で、技術のある者なら引っ張りだこなのだ。
「それで今日は何を売ってるんだ?」
幅広いナイフのようなものを両手で器用に操って、平たいパンのようなものをひっくり返している。
それだけでもいい匂いなのだが、最後に塗る黒いソースが鉄板の上に落ちると暴力的なまでの匂いが空間を支配する。
香辛料が高く、満足に使われない世界である。
魔王からは逃れられない!
「今日はお好み焼きだよ」
「相変わらず変わった名前だな。どんな飯なんだ?」
「クラーケンの足でもオークの肉でも葱坊主(野菜の魔物)でも何にでも合うからお好みでってこと」
ユーリ自身、名前の由来を正確に知っているわけではない。が、そこは異世界言ったもの勝ちである。
逆を言えばすでに認知されている可能性もあるが。
「おいおい、冗談だろう。クラーケンなんてゲテモノ、犬もくわねぇぜ。……誰も喰おうとしないだけで実は美味いのか!? 当たり屋の飯でハズレはねぇ。よし、それを一つくれ!」
あごに手を当ててしばらく考えていた青年は挑戦することにしたようだ。
「毎度!」
一般的でない黄色いソースを格子状にかけると、紙の器に載せて青年へと渡し、代金を貰う。
一枚で320ガルドと極めて高価だが、青年は躊躇いもせずに支払った。名のある冒険者だったと言うのは本当かも知れない。
「……うめぇ。歯ごたえもいいが、この生地と旨味が調和していやがる。他には!? 他にはどんなのがあるんだ?」
苦笑しつつも、右手を指した先には珍しくメニューがあった。ミノタウロスなんて高級食材はもちろん、チーズなどはもちろん、キムチなど青年にはわからないものも含めて7種類。
「……聞くが店主、今日はいくつまで買える?」
自身で呼んだことはないが、当たり屋では列に並んだ人に少しでも多く買ってもらえるよう購入制限があるのだ。
「ンー、3枚かな?」
「ナンダッテー、全部の味どころか半分も試せねぇじゃないか!」
ぐぬぬ、とどれを選ぶか考え出す青年。
「おい、いつまでやってんだ! 早くしろ!また衛兵が来ちまうだろ」
いつのまにか行列が出来ていて、文句をいい始めた。
「おいあんた、もしよかったら共同で買わないか?」
青年の後ろに並んでいた男が声をかけてきた。
「聞いてたらあんたが悩むのも無理はない。俺もいろいろ食べてみたいんだ」
それがきっかけとなり列に並んだ人たちがグループを形成し始める。普通はそう簡単に出来はしないだろうが、美味いもののためにあっさりと協力しあうのに、ユーリは苦笑する。
ユーリは7種類ずつを20セットほど売ったところで、
「本日完売でーす。今後もご贔屓によろしくお願いします」
と割引券を残して消え、その数十秒後に来た衛兵は美味しそうに食べる人らを尻目に悔しがるのだった。
こんばんは。
評価、BMありがとうございます。
明日はメインで書いてる方を投稿予定ですので本作は投稿ないかもしれません、悪しからず。