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当たり屋

 一定方向へと自動で動く床の動きは速く、一度流されてしまえば余程冷静な判断力を残していなければ逃げることもできずに己の運命は何者かの手に握られる。


 (ごう)っ、轟っと超質量の刃が振り子となって空気を裂く音がする。哀れな獲物は抵抗叶わずなんの抵抗もなくバターのように両断される。


 無数の落とし穴は、時に熱湯、時に身動きを阻む粘度の高い液体、時に煮えたぎる油だったり、運がよければクッション代わりの粉が敷き詰められているだけで助かるかもしれない。と種類が豊富だが、いずれにせよ哀れな獲物は無事では済まない。





「おっしゃあ!今日の“当たり屋“はこの区画か!」


 男が一人ガッツポーズをする。その正面にあるのは一つの屋台だった。何を売っているかを示すメニューも屋台の飾り気もない。


  じゅうじゅうと立つ音、香ばしい匂いが漂い、思わず唾を飲んでしまう。


 男はたまらず屋台へと駆け寄ると、


「おう、今日は何だ!?」


 と余裕もなく問い詰めたのである。


「今日はコロッケ(・・・・)だよ」


 対する声は軽やかなアルトだ。その姿は真っ黒なローブとフードで隠されているが、小柄である。


「うお~~~~~、コロッケか! よっしゃあ、何だかわからんがそれをくれ!」


 わからないにも関わらずまったく躊躇のない様子にクスっと笑みが漏れる店主。


「一人5つまでだが幾つにする?」


「もちろん5つだ! むしろたった5つかよ!!」


 厚手の紙の袋にトングで入れられるコロッケ。袋から漏れ出る香りは暴力的ですらある。


「1000ガルドになります」


 300ガルドあれば1日分の食費にはなるくらいだから、出せなくはないが、それなりに贅沢であるが、男に躊躇いはない。


「はふっ、熱っ、旨っ」


 交換するや否や、男はがっつく。サクサクっとした表面とホクホクの中身。手が油で汚れるのも構わずかぶりつく男は本人の意思に構わずよい広告塔となり、屋台の前には行列が出来ていく。


「ねぇ、何を売ってるのかわからないんだけど一つ貰えるかしら? なんだか凄い美味しそうに食べてるのを見て思わず並んじゃったんだけど」


 と言う声もあれば、


「おう店主、また来たぜ。とりあえず買えるだけ」


 という常連のような声もある。



 屋台“当たり屋“。商売の場所も商品も毎回替わるが、偶然出会えればラッキー、ハズレは無しといつの間にかそう呼ばれるようになったのだ。



「店主、我が主が貴様をお呼びだ。光栄に思い、急ぎ支度をせよ」


 屋台の前に並ぶ行列など視界に入っていないかのように、横から声をかけてきた男の身なりは上等で、その行動と服装が相応しいだけの威圧感を身に纏っている。


 割り込み、というにはあまりにも堂々としている態度に不服を感じていた者たちも怖じけづいていた。


 しかし、声をかけられた当の店主はといえば、何事もなかったかのようにじゅうじゅうと音をたてる

コロッケを掬いあげていた。


「はい、次のお客さん!」


「貴様! 聞いているのか!? こちらは領主様の使いだぞ!」


 無視されたことに怒声を上げる使いの男に、ポリポリと頭を掻きながら、


「あのさぁ、列に列んでる人たちはさ、お釣りが出ないように準備をしてちゃんと待ってるワケ。それを無視して勝手なこと言ってるあんたはお客さんですらないんでしょ。“リョウシュサマ“の器量が知れるね」


 ザワザワと騒がしくなる。


「貴様領主様を侮辱したな! 不敬罪で捕まえてやる」


 どこか厭らしい笑みを浮かべた使いの男がそう言って近づいて来ても店主の表情に焦りはない。


「できるものならどうぞ。 とりあえず商売の邪魔をする人にはご退場いただきましょう」


 パチンっと指を鳴らすと使いの男の姿が消える。いやいることにはいる、


       50mほど離れた場所に。


「貴様何をしたっ!?」


 男は叫びながら屋台に近づこうとしてくるが、屋台の手前5、6mまで近づくと再び、50mほど遠ざかっているのだ。


 3度ほど繰り返したところで、膝をつき息を荒げていた。


「怪しい術を使いおって! そいつは不審者だぞ!」


 と叫ぶも列が散ることはない。


「いいぞ! 当たり屋ァ!」


「スッキリしたぜ」


 そんな声をかけながら歓声を上げているのだ。


 そして販売が再開されて行列の八割が解消された頃、


「おっと、どうやら今日の販売はこれまで!まだ列んでいる皆様にはごめんなさい」


 と一声上げると、ポンっと軽い音がして煙が上がる。その煙が晴れた時には屋台は跡形もなくなっていて、列んでいた人たちの手には一枚の紙が握らされている。的と屋が描かれた名刺サイズのもので“割引券“と書かれている。


 そしてその数秒後、街の治安を守る衛兵たちが駆け寄って来た。


「くっ、またもや逃げおったか。きさまら! あの“当たり屋“とやらは営業許可をとっておらん。どんな物を扱っておるか知れたものではない。さっさとよこせ、我らが回収する」


 12人の衛兵隊の内の隊長がそう言って一人の客に詰め寄るのに、別の男が割り込んだ。


「待てよ。こちとら少なくない対価を払って買ったものだ。そいつを横から掻っ攫おうってのはいただけねぇなぁ」


 男の鍛えられた肉体は実戦で培われたものであり、相応しい威圧感があった。腐敗し、堕落しきった衛兵は無自覚に怯んでいた。


「……毒物などが混入されている可能性もある! 治安維持を任されている者として見過ごすわけにはいかん」


 実のところ、立場を振りかざし、みかじめ料(・・・・・)をせびっていることは住人たちには周知の事実であった。隊長の言葉は白々しく響くのみだった。


「Aランクの冒険者パーティー“破魔“のリーダーだ。その名にかけてこの食い物(くいもん)に毒なんてねぇ。あるとすれば……、一度味わっちまったら元の食事じゃ味気なく感じちまうのが目に、いや、舌に毒(・・・)ってところか」


 とおどけて言えば、


「いいぞ!」


「“破魔“のラグオンのお墨付きだぁ!」


 などと、怯えていた様子が嘘のように盛り上がる客たち。


 無理もない、“破魔“は世界で20にも満たないAランクパーティーであり、先の火焔龍との戦いでパーティーの指揮をとり退治を成功させた英雄なのである。


「で、やるかい? タイチョーサン?」


 とラグオンがおどけて言えば、


「くそ、覚えておけよ! そこをどけっ!」


 と負けゼリフを吐いて去っていった。一方でラグオンへは賞賛の声が止むことはない。


「ったく、火焔龍のブレスをも防ぐ()を張れるような術者がなんで隠れて商売なんてやってんだかっと、これ美味いな」


 客の一人が差し出したコロッケをサクサクと噛み締めながら、ラグオンは呟いた。


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