戦いの後
2019.02.06 ユーリの外見描写を追加
「……死者1名に、軽傷者6名か。 死んだ者には悪いが、 緊急召集の寄せ集めのメンバーにしちゃあ、被害は軽微と言っていいな」
八畳ほどの、華美さがない部屋でテーブルを三人が囲んでいた。発言したのは引き締まった肉体をもつ大男であり、背もたれに身体を預けながら報告書の束に目を通している。
その隣には眼鏡をかけた細身の女性が姿勢正しく同様の書類に目を通している。
「で、だ。この軽傷者6名の被害がお前によるってのはどういうことだ、ユーリ?」
その二人の対面に座って、出されたジュースをストローで吸っている少女の背には脱いだフードが垂れ下がっていた。
要するに龍と戦っていた、壁を作り出していた少女である。
月の光を形にしたような銀の髪と、濃い紫水晶の瞳が印象的な整った造形で、その肌もしっとりとした潤いを感じさせる白さで異性を引き付け、同性を嫉妬させる美貌であった。そして胸元を飾る、どんな深海の底よりも黒い玉石のネックレスで、白い肌との対比が絶妙である。
ーーー依頼斡旋機構。国を跨いで活動する組織であり、公的機関が受け付けない私的な依頼を受け、抱えている人間、“冒険者“を使って解決する組織であり、ここはその応接室で、彼女、ユーリは龍の討伐後にギルド長である男に呼び出されていた。
ギルド長と言えば、この支店のトップであり、ギルドに登録している“冒険者“とは立場が違う。普通なら呼びだしを受ければ怯える者が大半である。
しかし、ユーリはと言えば、テーブルに顎を乗っけてグダりきっていた。
「グルガンさん、だってあいつら、私のことを“絶壁“、“絶壁“って!」
片頬を膨らませつつそう言った。ギルド長、グルガンことグルガンツは右手で顔を覆いながら、
「違う、“鉄壁“だ! お前の二つ名だろうが!!」
「……可愛くない。花も恥じらう乙女に“鉄壁“って」
ユーリはふて腐れたままそう口零す。
「……ユーリももう18か。見かけ通りならそうだがな、18は適齢期としてはギリギリだぞ?」
「嘘っ!?」
身体を起こし、両手を机に叩きつけた。
「本当だ。お貴族様なら12にもなれば婚約なんてざらだしなぁ。20ならもう嫁ぎ遅……」
ダンっとユーリ以上に大きな音がグルガンツの隣から響きわたる。
「何ですか?」
眼鏡の下の目が全く笑っていない笑顔で女性はグルガンツを睨みつけていた。
「……フェリア君、これは一般論であって君は優秀過ぎて引き止め続けていてすまないね、うん」
両手を突き出して懸命に宥めるグルガンツであったが、その言葉に嘘はない。
コホンと空咳をして、乗り出していた姿勢を正すフェリア。
彼女は冒険者たちの対応をしている受付嬢の一人である。
本人は歳を気にしているが、彼女は非常に人気のある受付嬢であり、多数の冒険者に下心をもたれている。
グルガンツと同じくユーリが冒険者登録をしに来たときからの付き合いであり、Bランクの上級冒険者のユーリの担当受付嬢でもある。
「……3年か。登録時泣き虫だった嬢ちゃんがまさか、二つ名持ちの魔法使いになるとはな!」
そう言って無骨な手でユーリの柔らかい髪の頭をぐしゃぐしゃっと撫でるグルガンツ。
「わ、ちょ、やめてって」
髪が乱れるのでとりあえず制止の声を上げるが、形式的なものであり、実は嫌じゃないユーリ。
その手を止めたグルガンツは真剣な表情で、
「今回の龍のことだけじゃない。お前がギルドに、いや、俺たちにか。融通してくれているのはわかっている。だが、もう十分だ。他の国に行け、ユーリ。この国の貴族は腐ってる。お前にSランクという首輪をつけて囲おうって魂胆だ」
事実ギルドへと、ユーリを出頭させるようにという圧力は日に日に増してきていたのだ。
冒険者にはランクというものがある。登録したばかりのFランクから世界に数人いるかどうかといったSランクまで、FからAまでは-、無印、+があるので19段階ということになる。
Aランクになるには、それまでの実績の他にギルド長以上の立場の者からの推薦が、Sランクになるには一国の王もしくは宰相クラスからの推薦が必要となる。たいていはその国のお抱えとなるわけだ。
そして二つ名持ちの冒険者ともなればほぼAランク以上である。そんな中ユーリがBランクなのは敢えてそうしているからに他ならない。
龍退治のように、Bランクからは緊急依頼に狩り出されることもあるため、本当はCランクで止めておこうと思っていたほどなのだ。
「……考えておく。用事がこれだけならもう行くね」
ユーリは立ち上がってそう言う。
「またいつものか?ほどほどにな」
グルガンツは苦笑とともに見送ったのだった。
ギルドを出たユーリは遠回りして拠点としている一軒家へと向かう。街の中心からは外れているが、その分広めの土地だ。
ユーリは誰にも尾行されていないのを確かめて家に入る。
「カレンただいま~」
「おかえりなさい」
玄関の扉を開けた先には一人の女性がいて、間髪入れずに出迎えの声を返した。
カレンは黒、いや、紺色の髪と瞳で、ユーリが“可愛い“顔立ちなら“綺麗“と評するのが適格であろう。
その姿を目にしてテキトーに脱ぎ捨てた靴が放物線を描いて玄関に落ちる。明日は雨だろうか。
「お帰りなさい。無事に帰ってきてくれてよかった」
そう言ってユーリの背に手を回して優しく抱きしめる。
「あれくらいたいしたことないってば」
ユーリの返す言葉に苦笑せざるを得ないカレン。火焔龍をたいしたことがないなどと言える者はそういない。
「……それでもやっぱり目の届かないところで戦っているのは心配なのよ」
ユーリの表情が歪む。抱きしめられてクニュリと形を変えるカレンの胸はユーリに比べ豊満であった。
しかし、そんな尖った心もカレンの甘い香りに安らいでいった。
「カレン、いつもの準備しておいてくれた?」
たっぷり落ち着いてから離れたユーリがそう尋ねる。
「イオリ、今日も行くの!?」
カレンと二人だけの時、カレンだけがイオリで呼んでくれる。母音を重ねる発音はこの世界ではあまり一般的ではないのか、皆が困ったため、ユーリとして冒険者登録したのだ。それはこの世界で生きていく、というユーリの覚悟でもあったが、どこかでかつての自分が消えてしまうことへの躊躇いもあったので、カレンに頼んだのだ。
「もちろん」
ユーリにとってはたいしたことがないらしいとは言え、戦場から帰って来てすぐに出かけるバイタリティーに呆れ半分感心半分でカレンは、
「頼まれた分、倉庫に全部積んであるわ」
とそう答えた。
「ありがと」
それだけ言って2階の自室へと駆け込むユーリ。カレンはてきとうに脱ぎ捨てられた靴を整えると、その場にたたずんでいた。
バタバタと慌ただしい音を立てて駆けてくるユーリは全身を覆う黒いローブ姿で、顔も多い隠せるフード付きだ。
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
胸の前で小さく手を振りながら忙しないユーリを見送るカレン。街の中心部から離れた彼女らの家はそれゆえ広い敷地面積を持っており、その一画には簡単な木製の建物があり、倉庫として利用されている。
今その中はカレンが仕入れてきた木箱が山と詰まれていて、てきとうに一つの中身を確かめたユーリは口角を上げた。
そして再び駆け出した時、倉庫の中は空っぽになっていた。
「イオリ、あなた本当に真職を隠す気はあるの?」
カレンはため息をつきながら駆け出していくイオリの後ろ姿を見ていた。