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お菓子好きな母

作者: 4u^910
掲載日:2018/05/13

 御歳71歳になった母が楽しみにしていたお菓子を食べてしまった。


 母はまだまだ元気で、散歩や食事が大好きだ。さらに言及するならば、お菓子が大好き。俺が子供のころも、よく凝った手作りデザートを作ってくれたが……今となってはそれも懐かしい。母が68歳の時にボヤ騒ぎを起こしてしまってからは、お菓子作りをやめてしまった。

 それまでは毎日のようにお菓子作りをしていた母、レシピ本を片手に、あるいは俺のスマホとにらめっこしながら創意工夫していた母は、抜け殻のようになってしまった。


 テレビを見て力無く笑い、俺からスマホを借りる事も無くなった。見るのが辛かったのか、本棚を埋め尽くす勢いであったレシピ本も全て捨てられていた。

 俺はそれを心苦しく思って、母を無理やり誘って近所のケーキ屋に連れていった。その店はリング状の巨大なシュークリームが売りで、一度娘の誕生日に買っていくとそれはもう喜んでくれた事を覚えていたから。


 ケーキショーケースの中に入ったそれを見た母は「すごいね」と一言呟いて、でも注文しようとはしなかった。俺が変わりに注文して、帰宅してすぐに母へ切り分けた。

 俺が促すように齧り付いて見せると、母もゆっくりそれを食べた。


 母は、寂しげに笑ったが、手を止めなかった。


 あの時のシュークリームの味は今でもありありと思い出せる。母が作ったお菓子と似ていたからだ。

 シューは香ばしくカリカリとしていて、上にかかっている粉糖が優しくシューの味を引き立て、すぐに訪れるクリームが滑らかで上品な味わいをしていた。


 あれを食べて以来、母はケーキ屋やカフェ巡りを始めた。母が元々食べる事のほうが好きだったみたいだ。幼少期は、西洋菓子なんてのは高価で中々買ってもらえなくて、片栗粉に砂糖をまぶしたもの等を作ってお菓子を食べていたらしい。そのまま菓子作りを趣味で行うようになって、自分で作るものだからあまりお店には行った事がなかったそうだ。


 それから数週間経って、母は「材料とか機材を揃えるより出来上がりを買うほうが安いし、なによりこんな美味しいなんて思っても見なかったわ」と言って、のめりこんでいった。

 再び趣味を見つけた母は生き生きとしていて、毎日そういうお店が乗っている雑誌を購読するようになり、良さげな店を見つけては休暇中の俺に運転させた。

 面倒臭いと思う時もあったが、原因は俺だから仕方なく遠出した事もある。


 そして冷蔵庫にあった今日母が食べるはずだったお菓子は、期間限定品で今日しか売っていないの代物だ。母は今、「友達の家で紅茶でも飲んでくるわね」と言って出かけているが……帰ってきたらどうなることやら。「残り2つだったわ、レアね」と言っていたからもう売り切れているだろうし、有名店だから本当にレアな一品だったんだ。

 悲しむだろうな、お菓子が大好きな母が大切に置いておいたお菓子を食べてしまったのだから。


「……どうするつもりだよ可奈、お婆ちゃん泣いちゃうぞ」


 娘が。


「だって、可奈用って書いてあったんだもん」


 これをしでかしたのは幼い娘だ、断じて俺ではない。俺が子供の頃、一度だけトイレに立った母のお菓子と食べてしまった時の事は未だに忘れられない。

 最初は号泣し、俺の肩を掴んで「泥棒猫!」と叫んだ。その後丸三日間、口をきいてくれなかった。


「裏にはお婆ちゃん用って書いてあったんだろう?」

「可奈見なかった……」


 今日母が買ってきたお菓子は、なにやら特別な苺が入ったシュークリーム。1つのケースに2つ、壁を隔てて入っているものだった。俺の分は限定じゃない普通のシュークリームらしい。妻は実家に帰省しているし、娘の可奈は2つとも食べちまうし……残ったのは俺の限定じゃないシュークリームだけだ。


 古風なリビングが実家という雰囲気を強調させ、風が吹けばガタガタと鳴り出しそうな窓が生ぬるい風を運んだ。

 俺は額に汗し悩む。どうすれば良いだろうか、と。母は孫相手であっても確実にすねる、怒りはしないだろうがすねる。

 ああ、くそう。


「じゃあ、可奈がシュークリーム作る……?」


 不安げに言う娘に、俺は希望の光を見た。


「……それだ!」


 スマホでシュークリーム作りについて調べ、俺たちはすぐさま車へ乗り込んだ。母が帰ってくるのは夕方だ、今は11:44分。ぜんぜん間に合うだろう。


 しかし、シュークリーム作りは至難を極めた。可奈に出来る事は少なく、ほぼ俺がやるはめになった。明日仕事だってのに、筋肉が凝りそうだ。なんなんだこの力作業は。

 スマホとにらめっこしながら、焼くに至らない失敗作を作り出す。


「パパ、可奈疲れた……」

「可奈、将来パティシエになるとか言ってたじゃないか。こんなんでへこたれるなよ」

「んー、もうパテシエやめる」


 夢ってのは、そんな簡単に諦めちゃいけないんだぞ。と諭しつつ、手伝わせる。可奈が作ったという事実が無ければ、母とて許してくれないかもしれない。


 四苦八苦しながらも、俺たちはようやく焼く工程までたどり着いた。


「ただいま」


 チリンチリンという音を鳴らしながら、玄関の扉が開いた。

 外を見ると、もう暗くなっている。焼きあがっていない、どうする?


「可奈、これをつけて、残りはお前がやるんだ。なに、クリームと苺を入れるだけだ」


 俺はそう言って、可奈にミトンを渡した。足止めは俺がやる。


「お帰り母さん、遅かったな」

「久しぶりに会ったものだから盛り上がってね。可奈は?」

「か、可奈か? ああ、えっと、宿題してるよ」


 適当にごまかして、キッチンを見られないように体で塞ぐ。


「そう……なんか甘い匂いがするわね」

「ああ!? あー、可奈が自分の分のシュークリーム食ったんだってよ」

「そう? なんて言ってた?」

「お、美味しかったって言ってたよ」


 出来上がっているか出来上がっていないかはかなり違う。今すぐ食えると思っているものが消えていて、代わりを待たなければならないとなれば少し不機嫌になるかもしれない。

 食おう、と思った時に俺と可奈製のシュークリームを渡す、それで事無きを得るんだ。


「私もそろそろ……」

「母さん! 最近若返ったんじゃないか!?」

「……あんた、何か悪い事したでしょ?」


 見破られた、これはもう、だめか?


「パパ! 出来たぁ!」

「おお!」

「ぶふう!」


 母が吹き出した、俺は何かと思い、振り返る。


 顔をクリームだらけにした可奈だった。肝心のシュークリームも、クリームの山に埋もれている。その中心にポツンと苺が乗っていた……計画とぜんぜん違うじゃないか。


「可奈……? それは、えーと……クリームは、どうしてそんなになってんだ?」

「余ったからかけたぁ」


 台無しだよ!


「お婆ちゃんごめんなさい、可奈、間違って全部食べちゃったの。だから、代わりに作ったの……」

「あら、そうなの。頑張ったわねえ……しかしこれは、ふふっ」


 母はにこやかに笑顔を浮かべつつ、可奈の頭を撫でた。

 可奈は嬉しそうにテーブルへ置き、小走りでキッチンへ戻っていった。なにかと思えば、ナイフとフォークを人数分用意してくれるようだった。

 可奈、そこまで頭回るんなら、ナイフとフォークが必要無いように仕上げてくれよ……。


「ありがとうね、いただいてもいいかしら?」

「いいよ!」


 母はナイフでクリームとシューを切り分け、くしゃくしゃに潰れたシューをフォークで運び食べた。可奈と俺も恐る恐る、食べてみる。

 なんだこれ、油っぽい、バカみたいに甘い。


 端的に言うと、不味い。


「こんな美味しいシュークリーム、始めて食べたわ」

「え、お婆ちゃん、これ美味しくないよ……ごめんなさい」

「そんな事無いわよ、お菓子作りは愛情が命よ。可奈が頑張ってくれたの、よくわかるわ」


 可奈はよくわからない顔をしていたが、母は満足げに完食してくれた。俺はだめだ、食い切れそうにない。俺用のシュークリームで口直しと行くか……。


 無言で立ち上がり、冷蔵庫を開けた。


 無い、あるはずのものが無い。


「ああ! あんたのシュークリームなら私食べちゃったわよ。夜まで我慢できなくてね」


 母の言葉を聞いた瞬間、俺は一瞬激怒した。しかしすぐに悲しみに染まり、涙がポロポロと落ちる。母へ駆け寄り肩に手を乗せた。


「泥棒猫!」


 その後三日間、俺は母と口をきかなかった。


 そう。

 俺も母の血を継いでか、お菓子に目が無いのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい話だった、って終わりそうなところで、男性の反応に少し笑いました。確かに彼らは家族で、その嗜好は血なのだなと、一段とほっこりしました。 [気になる点] 「泥棒猫!」。ちょっと、この男性…
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