序章
ゆらゆらと炎が揺れている。多くの者を燃やす巨大な炎だ。それをフィオンは焦点の合わない視界で、ぼうっと眺めていた。
吐き気を催しそうな強い異臭が、あたりに満たされるがフィオンは動くことは出来なかった。
「なら、お前はどうする?」
フィオンの目の前に立つ人物が、フィオンの方へ振り返り、尋ねる。
全身を金属プレートで覆うプレートメイルを身に纏った姿で、兜で覆われた顔からは、一切の表情がうかがえなかった。
「無力な自分を嘆き、ここで朽ちるか? それとも、故郷へと帰るか?」
感情を見せない、冷たい声だった。
「もし、ここで朽ちると言うのなら、私がここで、お前の首を刎ねてやってもいい」
鎧をまとった人物は、突き刺したロングソードを引き抜き、フィオンの首筋に当てる。未だに血糊のついた剣は生々しくはっきりとした殺意を感じさせた。
フィオンは一度顔を伏せる。
結局、何もできなかった。悔しさと後悔が喉を詰まらせ、フィオンの言葉を遮ろうとする。
「……約束したから、守るって」
詰まったものを無理やり吐き出すかのように、言葉を引き出す。そして、顔を上げ、焦点を結び、目の前の人物を見つめる。
「だから……俺は、諦めない」
今の自分に何ができるかはわからない。何もできないかもしれない。けれど、そういわなければならない気がした。
だからフィオンは強く、強く力を込めて言葉を紡いだ。
「……なら、ともに来ないか?」
鎧を纏った人物は、フィオンの答えを聞くと、剣を下げ、剣を持つ手とは逆の手を差し出す。
「私は魔王を殺すものだ」
赤々と燃える炎に照らしだされるその顔は、相変わらずアーメットに隠され、伺い知ることは出来ない。けれど、その向こうに強い意志を感じ取ることができた気がした。