夜の世界のケモノの声を聴く乙女
ハクアはキャンプの近くの森に一人で居た。
夜のケモノ達の声がハクアに降り注がれている。
ケモノ達の声は急に止まった。
後ろから人の気配が近づいてきた。
振り向くと軽装の青年が立っていた。
「王子? 何か御用でしょうか?」
「いえ 俺はゼノですよハクア殿」
「失礼いたしましたゼノ様」
「いえ 夜の散歩ですか?
俺に声をかけていただけば
狼よけをしたのですが」
「この森に狼はいないと聞きました」
「ハハ 人もケモノの内です」
ハクアはゼノの余裕のある軽口が嫌いではなかった。
お父上譲りなのだろう。とハクアは思った。
ただジェイドの繊細な他者への気配りを、
ハクアは愛していた。無欲な愛とは純粋で美しく
穢れがない。それに魅せられればもはや
その先には地獄しかなかった。
無欲さとは残酷な愛なのだ。
その残酷さを持っていないゼノを前にして
それでもジェイドの影をゼノに探す自分が、恨めしいと
ハクアは思った。
ハクアはゼノの首にあるペンダントに気付いた。
指輪をチェーンに通してあるもので、
その指輪は女物だった。
そして同じものをハクアは見たことがあったのだ。
「ゼノ様その指輪どなたから送られたものでしょうか?」
「これですか? いえこれはもともと俺のものです
俺を生んだ母の残したものだと親父に訊いています」
「ゼノ様のお母上は?」
「俺を生んですぐ逝ってしまったそうです」
「無神経なことを訊いてしまいました 申し訳ありません」
「いえ 俺がこれを送った女性も逝ってしまったのです
呪われているんでしょうね」
「そんなはずはございません ゼノ様に指輪を
送られた女性が不幸であったなど
そんなことは絶対にあるわけがないのです」
ゼノは失った恋人の影をハクアに重ねた。
ジェイドよ、この女性はお前にとって
世界でただ一人のひとなのだ。
ゼノはハクアをテントまで送り届けた。